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今の時代の欧エクスペリメンタリズム音楽『ドナウエッシンゲン音楽祭 Donaueschinger Musiktage 2018』



Album Title
Donaueschinger Musiktage 2018
毎年お馴染みのCDですが、年々その魅力が薄れて来ている感じがしますね。一つには一年遅れでのリリースという事、開催年のステージの一部でさえYouTubeで観られるという事、インスタレーションの場合はステージ映像が必須という事、等々があると思います。

そして今回もCD2枚組でのリリースですね。以前はDVD付きとかCD4枚組とかもう少しNEOSが力を入れた時代もありましたが…
とは言えお約束の欧州前衛実験現代音楽の流れですから、インプレしておきましょう。







CD1
イヴァン・フェデーレ
(Ivan Fedele, b.1953)
イタリアの現代音楽家で、ミラノ音楽院でピアノを習い、サンタ・セシリア・アカデミーでドナトーニに作曲を師事していますね。

Air on Air, for amplified basset horn and orchestra (2018)
I Floating on air… - II Squalls on the water surface... - III Calm... - IV In the eye of the storm... - V The pounding sound of the storm... - VI Crumbled air...
 クラリネットの古楽器バセットホルン(アンプに通しています)の協奏曲です。神経質で繊細な音色、徐々に激しさを増して上昇・下降音階を奏でます。サブタイトル通りの嵐の様相を表現しているのは分かり易いですね。静まって嵐の目に入ります。無調でホモフォニーなアンサンブルなので、あまり尖った曲調ではありません。バセットホルンの技巧的なパートもありますが、反復が強いですね。嵐の荒れたパートなどは即興的なポリフォニーでも良さそうな…いずれにしても、新鮮さは無いかもしれません。



マーリン・ボング
(Malin Bång, b.1974)
ストックホルム在住のスウェーデンの女性現代音楽家ですね。B.ファーニホウ、G.グリゼー、P.マヌリ、と言ったビッグネームにも師事しています。アンサンブルや管弦楽、エレクトロニクス系の楽曲を得意としていますね。ドイツのオケからの委嘱も多い様です。

splinters of ebullient rebellion, for orchestra (2018)
 溢れる特殊奏法のノイズ、そして即興的混沌、所謂(いわゆる)音楽ではありません。"グリグリギギギイィィィ"、でもこれがドナウエッシンゲンでしょう。少しボリュームを上げて、混沌の音の中に自分を置いてみる。そんな楽しみ方がピッタリ来ますね。師である上記三人よりもラッヘンマンの方向性かと。中間部で現れる手回しオルゴールの静的で美しい旋律が色合いを添えています。全体構成も良く楽しめますね。

 ★試しにYouTubeで観てみる?
  2018年のドナウエッシンゲン音楽祭の映像そのものです!!
  数々の特殊奏法を見る事ができます




マルコ・ストロッパ
(Marco Stroppa, b.1959)
イタリアの現代音楽家でイタリアで学んでいますが、米国でも心理学等 多岐のジャンルを学んでいます。ブーレーズの下でIRCAMでも習い、後にラッヘンマンの後任で教鞭にも立っていますね。

Come Play With Me, for solo electronics and orchestra (2016–2018)
1. Come - 2. Play - 3. With Me - 4. RUN - 5. GUN - 6. STRIKE - 7. SCRATCH
 全7パートの構成が込み入っている楽曲ですね。基本は混沌ですが、特殊奏法やノイズではありません。パートによって無調ポリフォニカルに旋律が交錯する流れや、ホモフォニーの様な構成も作られ、中には調性的なパートも存在しています。音響系パートやクラスターもあり、良く練られた楽曲構成で表情豊かではありますが、統一感は低いかもしれません。ラスト一曲だけの方が締まったかも。エレクトロニクスの使われ方がよくわかりませんね。



CD2
アガタ・ズベル
(Agata Zubel, b.1978)
ポーランドの女性現代音楽家で、スタートは声楽家ですね。作曲は調性音楽から始まって、電子音楽を導入する様に至っている様です。ポーランドの現代音楽祭"ワルシャワの秋"での活躍や、"Elettro Voce"という声楽と電子音楽のユニット活動もありますね。

Chamber Piano Concerto, for piano(s) and ensemble (2018)
 点描的で初期セリエルの名残りの様な、ヴェーベルンを今に引きずり出してきた様な、そんな楽風です。でも、反復や調性感, 即興的カオスが入って古さを感じさせないのがポイントでしょう。多様性になるでしょうが、帰ってきたポスト・セリエル?!的で以外に楽しめます。



ミレラ・イヴィチェヴィチ
(Mirela Ivičević, b.1980)
ウィーン在住のクロアチア女性現代音楽家で、ザグレブとウィーンで習い、グラーツではベアト・フラーに師事していますね。現在はパフォーマーでもある前衛アンサンブル"Black Page Orchestra"の創設者の一人として活躍しています。(インスタレーションでしょうねェ)

 ★ちょっと脱線、Black Page OrchestraをYouTubeで観てみる?
   エレナ・リコワ(Elena Rykova)の"101% mind"、ライヴです。面白いです!!


CASE WHITE, for ensemble (2018)
 "速・遅"と"静・クラスター"、そのコントラストを執拗な反復・変奏で彩る流れです。もちろん無調で旋律感は極薄く、類型の危険性も感じますが今の時代の前衛っぽい楽しさがありますね。



フランチェスコ・フィリデイ
(Francesco Filidei, b.1973)
イタリアの現代音楽家でオルガン奏者です。シャリーノやマンゾーニに学び、IRCAMでも習っているそうです。

BALLATA N. 7, for ensemble (2018)
 ppな音構成は微妙な調性感の美しさを持って流れます。背景の低弦音が少しづつ強まると、テンポも緩やかに上がって、パルス的な強音が挟まれます。後半はその対比が強く、そして混沌となって行きます。"静の中に現れる強音"、それはシャリーノですね! 後半にオーディエンスの笑い声が聞こえます。何でしょう?



ヘルマン・マイヤー
(Hermann Meier, 1906–2002)
スイスの現代音楽家で、このアルバムで唯一21世紀に入って亡くなっていますね。年代から行くとメシアンと同じ、シュトックハウゼンらの前衛世代よりも20年ほど年上、ヴェーベルンよりも約20年くらい年下ですね。それでも十二音技法やセリエルに触れて、独特の前衛実験音楽方向の楽風だった様です。

Stück für großes Orchester und Klavier vierhändig, HMV 62 (1965)
 「大規模オーケストラと四手ピアノの為の作品」1965年ですから時代は前衛の隆盛期でしょう。処々で三度・五度の音色や反復が入って多様的ですが、基本はポスト・セリエルの色合いを濃く感じますね。ブラインドで聴いても、目新しさを感じる事は無いと思います。流れに変化はあって、以外に絶賛したりして…w



今回は女性コンポーザー三人が楽しませてくれましたね。とは言え、アルバム全体としては突出したオリジナリティは味わえず、Younes Baba-Aliの"Tic Nerveux"様なCD化の難しい注目作品が漏れるのは残念な事です。

来年あたりはDVDオンリーで出してくれると嬉しいかも。だったら、YouTubeでいい??!! 難しい時代になりましたね。



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ジャンル : 音楽





『マーラー 交響曲 第9番』 «ネット配信» ダニエレ・ガッティ指揮 / RAI国立交響楽団 2020年1月9日



Conductor | Orchestra
ダニエレ・ガッティ, Daniele Gatti
(Orchestra Sinfonica Nazionale della Rai)
ガッティがRAI国立響を振ったマーラー9ですね。ガッティというと残念な事件を思い出しますが、現在はローマ歌劇場の音楽監督を努めている様ですね。イタリア放送協会RAI傘下RaiPlayからの映像付きのweb配信になります。

➡︎ RaiPlay (配信期間は短いと思われますので、お早めに)





マーラー 交響曲 第9番 «ネット配信»
(Live at Auditorium RAI Arturo Toscanini, 9. Jan. 2020)

20200109DanieleGatti-mahler9.jpg


第一楽章
緩くスローな第一主題、過度の緊迫感を避けた第二主題、tpからの山場を大きく鳴らして第三主題は華やかです。展開部導入部は第一主題のテンポを生かした暗さからJ.シュトラウスの引用で柔らかな光を見せ山場を築き、第二主題の変奏からは混沌を上手く活かしながら緊迫感のある流れを作ります。緩やかなアゴーギクで見晴らしの良い第一楽章です。

第二楽章
主要主題は落ち着いたレントラーで、第一トリオをスケルツォらしく広げ、第二トリオはやや速めに鎮めます。ここでも大きな揺らぎの様なアゴーギクが感じられますね。

第三楽章
主要主題は軽快に切れ味よく、副主題は少しコミカルに、中間部でもあまり大きな変化は付けませんね。山場も緊迫感を避けていて、流れは統一されている感じです。

第四楽章
主要主題は緩やかに大きく包み込む様に奏でます。ここでも大きなアゴーギクを効かせていますね。第一エピソードは主部の流れに乗っていて、第二エピソードは山場を少し速めに緊迫感を高め その後のターン音型との対比を作ります。ポイントとなる上手い構成ですね。そこからコーダへはアゴーギクを使いながら鎮めて行きます。


大きく振られたアゴーギクが心地よいマーラー9です。重心を低く構えて死を捉えるのとは対角の穏やかな見晴らしの良さの好演です。

RAI国立響の各楽器の柔らかく美しい音色もガッティの狙った流れに合っていますね。



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ジャンル : 音楽





ギヨーム・コネソン(Guillaume Connesson)の管弦楽作品集「死者の書, Pour sortir au jour」は派手なマニエリスム音楽ですね



Composer
ギヨーム・コネソン
(Guillaume Connesson, 1970/5/5 - )
フランスの現代音楽家で、フランス国内の音楽院で学んでいますね。影響を受けた音楽家はフランス・ドイツ・ロシアから米の前衛や映画音楽、はたまたファンクまで上げている様ですが、以前インプレした"Lucifer"では、ストラヴィンスキーの音色を強く感じたのを覚えています。少なくともジェームズ・ブラウンの気配は感じられませんでしたねw

実は、先日トーマス・アデスを聴いた際に、ふと同じDGからリリースされている同年代のコネソンを思い出しました。個人的にはあまり使いませんがポスト・モダンと言う事になる様です。


Album Title | Player
Pour sortir au jour, 死者の書
ステファヌ・ドゥネーヴ指揮 (ブリュッセル・フィル)
管弦楽曲集になりますね。タイトル曲はフルート協奏曲で、BPOの首席フルート奏者のマチュー・デュフォー(Mathieu Dufour)が入ります。派手な楽風から言ってもオケ作品が合いそうですね。

"Lucifer=悪魔 (堕天使)"、"死者の書"といった???なタイトルやジャケットは近年のDG方向でしょうか。






Flammenschrift (2012年)
"風雲急を告げる"的な機能和声の管弦楽です。中間部で緩徐の流れを作りますが、反復も強く出し入れの強さがあってフィルム・ミュージック風です。これがコネソンですね。

 ★試しにYouTubeで観てみる?
  スラットキン指揮、デトロイト響のコンサートです


Pour sortir au jour (2014年)
  Concerto For Flute And Orchestra
5パートのコンチェルトです。民族和声を使った様な緩徐パートから入り、派手で急峻な流れに入り込んで行きます。もちろん音楽のバックボーンは反復で、そこにflの旋律が乗ってくる感じですね。派手なパートはどの曲も同じに聴こえてしまいますが、最終パートだけはバレエ音楽の様な面白さで楽しめました。(ストラヴィンスキーっぽい?!)
タイトルが付いているので当然ですが表題音楽の印象が強く、何らかの映像がバックに浮かぶ感じです。


E chiaro nella valle il fiume appare (2015年)
緩徐から入る曲ですが、前曲の類型性が強いですね。どの曲もオーケストレーションが似ていてみんな同じ曲に聴こえてしまいます。


Maslenitsa (2012年)
残念ながら駄耳の私には全部同じ曲に聴こえてしまい、楽しむのが難しいです。なんとか最後の曲になったと言う感じです。m(_ _)m



米国オケが委嘱しそうなドン・シャン的で派手なマニエリスムの今の時代のクラシック音楽なのでしょう。反復の強い映画音楽の様な調性音楽で、本来ならこのブログの守備範囲外かもしれません。

同年代現代音楽家のトーマス・アデスは調性の薄さを使うわけですが、コネソンは退屈な機能和声の音楽。その違いが歴然ですね。どちらに一票か?となれば、アデスですが。



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イザベル・ファウスト(Isabelle Faust) のシェーベルク『ヴァイオリン協奏曲 | 浄夜 』



Album Title | Composer
Violin Concerto | Verklärte Nacht
アルノルト・シェーンベルク (Arnold Schoenberg, 1874-1951)
"ヴァイオリン協奏曲"はシェーンベルク後期の新古典主義作品で、好きな曲の一つです。"5CD聴き比べ"もしています。(この演奏も追記予定です) 激しい技巧曲で、オケの演奏にもそれと同じくらいの情熱が要求されて良し悪し(好み)が明確に出ると思います。

"浄夜"は数多の演奏が残る前期の人気曲なので、このブログでもマデルナやストコフスキーといった"個性派3CD聴き比べ"もしています。弦楽六重奏曲ver.として印象に残るのはアルディッティ、カメラータ・ベルンですね。


Player
イザベル・ファウスト (Isabelle Faust, b.1972)
シェーンベルクの"ヴァイオリン協奏曲"と"浄夜"を、ファウスト/ハーディング(スウェーデン放送響)、ファウストが募ったその顔ぶれがとても興味をそそる弦楽六重奏曲版で楽しめます。このところコンスタントにアルバムをリリースしているファウストなので楽しみにしていました。

"浄夜"の顔ぶれはファウスト以外は次の通りです。
・アンネ・カタリーナ・シュライバー (Anne Katharina Schreiber, vn)
・アントワン・タメスティ (Antoine Tamestit, va)
・ダヌーシャ・ヴァスキエヴィチ (Danusha Waskiewicz, va)
・クリスティアン・ポルテラ (Christian Poltéra, vc)
・ジャン=ギアン・ケラス (Jean Guihen Queyras, vc)







ヴァイオリン協奏曲 Op. 36 (1936年)
(第一楽章:アレグロ)は第一主題から濃厚な音色、第二主題で静まりながら緊張感を与えて、vnとオケが対峙します。その後もvnとオケが押しては引きの流れで良いコントラストを作っています。vnは繊細な切れ味主体の印象です。カデンツァは澄んだ神経質さです。
(第二楽章:緩徐)も繊細な音色は変わらずに、静的神経質のエモーショナルな色付けをしています。細く切れてしまいそうなvnは特徴的です。
(第三楽章:フィナーレ・アレグロ)では主要主題?もバランスが良くコントロールが効いています。ただ、その後の激情的な演奏を見せてもよいパートもvnは冷めていますね。カデンツァも同じ感じです。
 ファウストのvnは激情ではなく表現力でしょう。落ち着きながらも先鋭な音色を主体にしていますね。オケも鳴りよく、出し入れを強く、この曲らしい急変化を上手くコントロールしていてvnを生かしている感じです。
劇的・技巧性方向よりもコントロール・繊細な表現の演奏ですね。


浄夜 Op. 4 (1899年)
(第1パート)の主題は静的に入って来ますが情感は低めで淡々とした印象です。そこからディナーミクと緩いアゴーギクを振って揺さぶりをかけています。主題回帰で落ち着き、再び激しい感情を表現します。
(第2パート)の緩徐の美しい主題はやや速めで甘美さは避けて、すぐに出し入れの強い流れに入って行きます。
(第3パート)でも主題は激しい揺さぶり、そして鎮まります。
(第4パート)この曲のメインとも言う主題に酔いしれる様な美しさがありません。第二主題は静かな中に優しさを感じましたが、このパートには全体を包む様な優しさが欲しい気がしました。
(第5パート)静的クールな流れで感情を排した印象です。指揮者がいたら感情表現は上がったのかも…??
全体としては揺さぶりを強くかけていますが演奏の為の構成に感じます。共演があるにしても一期一会の顔ぶれでは仕方がないかもしれません。



ヴァイオリン協奏曲は完成度は高いのですが、もう少し感情的になって入り込んで欲しい感じがしましたね。浄夜も全体の構成の見事さはありますが、この曲の主題の美しさが伝わらないのは少し残念です。

見事な演奏でクールなシェーンベルクだと言えば、その通りでしょうか。個人的には少し期待とは異なった作品となりました。



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トーマス・アデス(Thomas Adès)の『ADÈS CONDUCTS ADÈS』ピアノと管弦楽のための協奏曲 / 死の舞踏



Composer
トーマス・アデス
(Thomas Adès, 1971/3/1 - )
英現代音楽家でピアニスト、指揮者ですね。前回のインプレでブリテンとの類型やナンカロウとのピアノの話は書きました。その後のインプレで、ボストリッジとのシューベルト"冬の旅"では伴奏ピアノを演じています。

前衛現代音楽ではありませんが、なぜか興味をそそられる今注目の音楽家の一人ですね。ちなみに今年の"武満徹作曲家賞"、2020年度審査員を務めますね。新コロナウィルスで5月31日の本選演奏会開催が危ぶまれますが。


Album Title
ADÈS CONDUCTS ADÈS
ピアノと管弦楽のための協奏曲 / 死の舞踏
2曲の管弦楽曲のLive録音ですね。"ピアノと管弦楽のための協奏曲"は本アルバムの演奏者であるボストン響がpfのキリル・ゲルシュタイン(Kirill Gerstein)のために委嘱した作品です。

"死の舞踏"は2013年のプロムスで本人指揮で初演され、今回が初録音になりますね。ルトスワフスキと奥さんの思い出に捧げられています。15世紀の作者不明のTextが使われていて全15パート、バリトンが"死"を歌い、メゾソプラノが他の登場人物を歌います。

演奏はアデス本人指揮、ボストン交響楽団(Boston SO)。二曲目にはメゾソプラノにクリスティアーネ・ストーティン (Christianne Stotijn)、バリトンにマーク・ストーン (Mark Stone)が入ります。






Concerto for Piano and Orchestra (2018年)
第一楽章はアレグロ的で、調性の薄いpfのアルペジオが印象的です。オケも寄り添う様に幽玄な音色を重ねます。第二楽章は緩徐楽章で、独特の和声(和音)での入りからpfの美しい調べがいいですね。調性の薄さを最大限生かした今の時代のクラシック音楽的です。第三楽章では速い流れをpfが作り、強音のスケルツォ的でパワープレイの楽章です。中間部(トリオ)の様なスローパートが挟まれていて、フィニッシュは派手でコンサートで好まれるでしょうね。
無理やり言うなら調性の薄い新古典主義風の楽曲と言った感じでしょう。


Totentanz (2013年)
 for Mezzo-Soprano, Baritone and Orchestra
15パート, 約40分の楽曲です。派手でバリバリのパートと幽玄なパートをバリトンとメゾソプラノが歌いますから、いかにもタイトルらしい流れが作られています。ここでは明確さや美しい旋律を避けた機能和声の現代音楽オペラの様に聴こえますね。実際には調性は薄いのですが、肉声はいつでもそう聴こえます。オケの演奏も派手な打楽器や管楽器の鳴りが感じられます。"Totentanz"好きの方にお伝えすると、特に"怒りの日"のパラフレーズは使われていませんw ラストは"tanzen"(踊れ!)を繰り返しながら陰湿な暗がりに消え入ります。
"X. Der Tod zum Kaufmann"など倒錯混沌的な激しさで、コンサートで一度聴いて見たい楽曲です。

 ★試しにYouTubeで観てみる?
  世界初演の"Proms 2013"です!!
  冒頭で本人の話も聞けますね。オケはこちらの方が抑えが効いて好みかも…




薄い調性感と出し入れの強さはアデスらしさですが、実験音楽的な方向性、例えば微分音や特殊奏法、は使われていないので聴き易いです。今の時代のクラシック音楽になるでしょうね。

基本はドンシャン的な派手さがありますから、コンサートでは受けそうです。そういう事もあって委嘱が多いのは当然でしょう。



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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽





ルーセル「蜘蛛の饗宴」デュカス「魔法使いの弟子」19世紀末-20世紀初頭のフランスの管弦楽曲を、フランスの指揮者とオケで聴いてみましょう



Composers
ポール・デュカス (Paul Dukas, 1865-1935)
アルベール・ルーセル (Albert Roussel, 1869-1937)
ポール・デュカスはドビュッシーやサティと同年代のフランスの音楽家ですね。パリ音楽院に学んでいて、仏印象派年代ですが独ロマン派の様な楽風印象がありますね。仏前衛現代音楽の師となるメシアンが師事していました。

アルベール・ルーセルはデュカスより4歳若く、同様に仏印象派年代ながら独ロマン派の香りがするのが特徴的です。初期の作品は前者ですが、後期はより調性が明確で新古典主義と言われている様です。こちらも後に米現代音楽に影響を振るったヴァレーズが師事していましたね。

それぞれ二人の代表作の一つで、演奏はパスカル・ロフェ指揮、フランス国立ロワール管弦楽団ですね。







1.ポリュークト序曲, Polyeucte (1891, Dukas)
デュカスの事実上のデビュー曲で「コルネイユの悲劇」を元にした演奏会序曲です。
印象派と言うよりも後期ロマン派的な流れとライトモティーフの様な表題音楽風の構成を明確に感じますね。そう言った意味では指摘されている様に重厚な管弦楽はワーグナー的で、少し古いですがイデーフィクスの仏ロマン派ベルリオーズの様な感じもあるかもしれません。少なくとも仏印象派の気配はありませんね。


2.蜘蛛の饗宴, Le Festin De L'araignée (1913, Roussel)
ファーブル昆虫記を元に蜘蛛や虫たちの戦いのバレエ音楽(13パート)で、ルーセルの初期作品ですね。
前奏曲はいかにもの"仏印象派"の流れを感じます。それをベースにバレエ音楽らしい表情付けがあって、パート毎のタイトルを見ながら聴くとシーンが浮かぶ様です。チャイコフスキーやストラヴィンスキーのフランス版という面持ちでしょうか。実は組曲版もあるのですが、洒脱なバレエ音楽の楽しさがあって聴くならこの全曲版ですね。
仏セットの演奏もそれらしい洒落た表情を見せています。


3.魔法使いの弟子, L'apprenti Sorcier (1897, Dukas)
デュカスと言えばこの交響詩(交響的スケルツォ)ですね。ゲーテの詩を元にしていて、箒に魔法をかけて水浸しになるミッキーマウスのアニメで有名なストーリーです。
"ポリュークト"に比べると重厚さが引き算されて表情の付け方がストーリー性が強く感じられる様です。多分誰でもディズニーの"ファンタジア"が浮かぶのではないでしょうか。(実際にはストコフスキー編曲ver.ですが)

 ★試しにYouTubeで聴いてみる?
  ミッキーマウスのアニメ"Fantasía"からです。やっぱりこれ?!




このアルバムの聴きどころはルーセル"蜘蛛の饗宴"のフランスらしい洒落たバレエ音楽でしょうね。

デュカスの"魔法使いの弟子"はどうしてもミッキーマウスが出てきてしまいますw




テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽





期待を上回る好演:尾高忠明指揮・大阪フィル の『マーラー 交響曲 第9番』



Conductor | Orchestra
尾高忠明
大阪フィルハーモニー交響楽団
大フィルと言えば朝比奈さんがすぐに浮かぶわけですが、その後 大植英次さんが音楽監督を務め、今は2018年から尾高忠明さんがその席についていますね。(大植さんと尾高さんの間に、井上道義さんが主席指揮者を務めていました)

その尾高さんが振った2019年のマーラー9です。これで四人のマーラー9番が出揃いました。それぞれ実に興味深い演奏ですね。(大植さんと井上さんは大フィルではありませんが)


▶️ マーラー交響曲第9番:100CD聴き比べ





マーラー 交響曲 第9番
(フェスティバル・ホール, 2019年4月12,13日)



第一楽章
第一主題は抑えた入りから少し感情を込め、第二主題で切迫した流れを作ります。反復は感情豊かで第三主題も切れ味がありますね。展開部前半は低い落ち着いてJ.シュトラウス引用が心地良く、その後の出し入れの強い流れにつなげて再現部へと入ります。ラストのスローは効果的ですね。
微妙に振られたアゴーギクが効果的なスパイスとなった第一楽章です。

第二楽章
レントラー主題は跳ねる様に踊る様に、第一トリオでもシャキッとしながら舞踏的な流れを崩しません。第二トリオでは優美に色合いを変えて中間部的な様相を明確にしています。後半の主題回帰での荒れたパートはもう少し力感があっても良かった気がします。そこが少し長さを感じさせる気がします。

第三楽章
主要主題はシャープです。第一トリオでもリズミカルにキープして見晴らしの良さがありますね。この二つの主題のポリフォニカルな絡みは聴き応えがあります。中間部(第二トリオ)はあまりスローに落とさず、穏やかさの中に緊張感を感じます。その点ではあまり最終楽章のターン音型を意識させない様にしているかもしれませんね。ラストはビシッと決めて、締まりのある第三楽章です。

第四楽章
力の入った短い序奏から主要主題は穏やかに、テンポはあまり落としません。それでも気持ちの伝わる流れになっていますね。第一エピソードは入りからターン音型の鎮まりを見せて終盤への導入を感じさる構成です。第二エピソードは二つの山場を大きく鳴らすと、対比的に鎮めてターン音型の静寂へと落ち込んで行きます。フィニッシュまで緩やかに"ersterbend"です。
せっかくのLIveで好演なのにアプローズがカットされているのは残念。


締まりのある流れ、表情のある楽章構成、クールなマーラー9です。決して暴れたり、極度にエモーショナルに陥る事もありません。アゴーギクの色付けが絶妙で、効果を見せています。大フィルも見事です。

予想を上回る、失礼!!、聴き応えのあるマーラー9になっています。



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Expo'70 鉄鋼館の記録『スペース・シアター』武満徹, 高橋悠治, クセナキス | 前衛現代音楽の最盛期の記憶



Album Title
Space Theatre
Program Of Steel Pavilion At Expo'70
1970年大阪万博、鉄鋼館パビリオンでの演奏曲ですね。実は中学生の時に行っていて、記憶があります。その時にかかっていたのはクセナキスでした。薄暗く丸い会場とスピーカー、グォォ〜ンと反響する凄い音量でした。
父親は保守的クラシック・ファンでしたから、現代音楽が好みのわけもなく、ただの音響としての認識だった様ですw (鉄鋼館に入ったのも、このパビリオンがわりと空いていたからだった様な…)

1970年ですから、時代はまさに欧エクスペリメンタリズムの前衛現代音楽がピークから停滞に向かう時代でしたね、今思えば

武満さんが音楽監督で作られていて、小澤征爾さんとの交友、高橋悠治さんとクセナキスの関係、当時世界で活躍していたメンバーが楽しいですね。

前衛の時代と万博の空気を思いながら、久しぶりに聴いてみましょう。演奏は日本フィル、指揮は小澤征爾さん(1,3曲目)と若杉弘さん(2曲目)です。







武満徹 (Toru Takemitsu, 1930-1996)
軸足を調性方向に切り始めた時代の作品で、代表作のノヴェンバー・ステップとカトレーンの中間作品という事になりますね。2群オケにピアノ, ヴィブラフォン, ギター, ハープ, の構成で女性合唱団が入ります。

クロッシング, Crossing
 聴いた瞬間に武満さんらしい響きと神経質な美しさが感じられますね。もちろん無調で旋律感は低いですから、一般的にいう美しい音楽とは違いますが。特徴的なギター/ハープのピッキング音、そこに絡むオケとの色彩感ですね。強烈なpfは高橋悠治さんです。ラストに声楽が入って少しカオスに展開して終了します。
残念なのは2群のオケの配置感がステレオでは明確にならない事でしょうか。当時はシュトックハウゼンを始めとしてこの手の配置が流行りましたからね。



高橋悠治 (Yuji Takahashi, b.1938)
ニューヨーク在住時代(1966-1972)に、万博の為に作られていますね。原曲は管弦楽を三元ステレオにして、プログラム処理しているそうです。この時代にIBMのコンピューター処理は今の様に簡単にソフトで、とは行くわけがないので大変だったでしょうね。ちなみに"エゲン"とは"仏の慈悲の眼差し"の事だそうです。

エゲン (慧眼), Yéguèn
 不気味な音使いはいかにも高橋悠治さん的です。L/Rの分離能がよく楽器配置がわかりますね。ここの楽器は旋律ではなく"音"で、ポリフォニカルな関係なのかホモフォニカルなのかよくわからない微妙な関係が作られています。基本は細かい音の反復、トレモロと言っていいのかな?的な、の絡みです。それが空間を埋め尽くします。いかにも前衛的で楽しいです。

 ★試しにYouTubeで観てみる?
  鉄鋼館パビリオンでの再現だそうです。こんなに真っ暗だったけなぁ…?
  曲目が"Hibiki Hana Ma"となっていますが間違いですね
  




ヤニス・クセナキス (Iannis Xenakis, 1922-2001)
クセナキスの初中期の作品ですね。知られる数学をベースにした音響・エレクトロニクスの時代で、代表作も生まれた時期の曲です。わずかに残る当時の記憶をイメージしながら聴いてみましょう。

ヒビキ・ハナ・マ, Hibiki Hana Ma
 導入部の'どよめき'の様な音の渦を聴くと、当時の印象が蘇りますね。打楽器(ティンパニ?)の細かい連打でしょう。そこに弦楽器のグリッサンドが縦横無尽に走ります。部屋のステレオでは空間を渦巻く様には聴こえないのですが、印象はそう残っていますね。構成はどんどんと変化して行き、弦のピチカートの連打となったり、和楽器の唸りだったりと、主役が交代して行きます。
各楽器の関係は音色的にはポリフォニーでしょうが、全体としては混沌の一体感が強く感じられます。出来ればボリュームを上げて音の渦の中に入り込みたいですね、クセナキスですから。



前衛全盛の楽しさが味わえると言っていいのではないでしょうか。表情豊かな三曲が並んだだけでも楽しめますから、この時代の現代音楽を味わうのにオススメの一枚だと思います。

セリエルの呪縛から逃れているのも重要なポイントになっていますね。武満さんらしさと、空間音響の2曲です。



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ブレット・ディーン と エリッキ=スヴェン・トゥール の カルロ・ジェズアルドへのオマージュ『Gesualdo』



Composers
エリッキ=スヴェン・トゥール (Erkki-Sven Tüür, b.1959)
ブレット・ディーン (Brett Dean, b.1961)
エリッキ=スヴェン・トゥールはエストニアの現代音楽家でタリン音楽院で習い、レポ・スメラにも師事しています。技法的にはミニマル・音響解析・等を使っているそうです。興味深いのは同時期にロック・グループ"In Spe"での活動がある事で、そこがポイントになり楽風にも影響を与えていれば面白そうですね。

ブレット・ディーンは、オーストラリアの現代音楽家で指揮者としても活躍しています。元はヴァイオリン・ヴィオラ奏者でBPOの団員でした。その後ソリストの道を選んでオーストラリアに戻っています。そこを拠点として音楽家・指揮者としての活動を行なっていますね。
楽風は実験音楽・即興音楽の前衛現代音楽で、今回の作品は代表作です。弦楽とサンプリングのエレクトロニクス処理が行われていますね。


Album Title
Gesualdo
タイトルにもなっているルネサンス時代の音楽家カルロ・ジェズアルド(Carlo Gesualdo, 1566?-1613)ですが、なぜか今の現代音楽家が度々取り上げています。(このブログでもB.マントヴァーニやP.コパチンスカヤ(vn)、S.シャリーノのアルバムでインプレしています)

ジェズアルドは当時の前衛で、半音階(転調や全音階の方向性も見える?!)と言う不協和音?!をマドリガーレに採用していました。その調性逸脱音楽が見直されたのは 300年を越えた20世紀、前衛現代音楽の時代を向かえてからでした。「春の祭典」で大論争を巻き起こしたストラヴィンスキーもオマージュ作品を残しています。
またジェズアルドのもう一つの側面、妻とその愛人の殺害、で知られる事もミステリアスなターゲットとなっている様ですね。

本アルバムは二人の作品にジェズアルドの曲を挟み、オマージュになっています。






Moro Lasso [Carlo Gesualdo] (org. 1611年)
指揮者のトヌ・カリユステ(Tõnu Kaljuste)が弦楽奏曲に編曲している後期のマドリガーレです。普通に聴けばルネッサンス時代の穏やかな楽曲なのですが、確かに微妙な半音展開が明確です。ただ、その不安定さは仏印象派的な美しさに反映されている様な流れを感じますね。違和感はありません。(編曲がどこまで影響しているかは不明ですが)


Carlo [Brett Dean] (1997年)
合唱と弦楽奏曲です。導入部で明らかなジェズアルドの前曲の動機(半音階旋律)を使っています。それが次第に崩れて調性を崩壊させていきますね。どこまでがエレクトロニクス処理なのかわからない弦楽は音が重なり合って混沌気味になり、第一トリオとでも言う感じで神経質な弦楽にヴォーカリーズも加わった即興的ポリフォニーになります。虫の羽音の様なグリッサンドも特徴的です。第二トリオ的な変化は下降音階の流れが雲の様になり、折り重なり混沌聖歌の様相を見せます。ラストは主部が変奏されて回帰しますね。
ジェズアルドを下敷きに即興的混沌のB.ディーンらしさが溢れる楽曲になっていて素晴らしいです。

 ★試しにYouTubeで聴いてみる?
  Richard Tognetti 指揮、Orchestra d'Archi Italiana の演奏です



O Crux Benedicta [Carlo Gesualdo] (org. 1603年)
エリッキ=スヴェン・トゥールが弦楽奏に編曲しています。一曲目ほどの半音の効果はありませんが、それでも独特の浮遊感がありますね。今の時代の美しい緩徐曲として同様に通じそうです。


L'ombra Della Croce [Erkki-Sven Tuur] (2014年)
ここでもジェスアルドをベースにした和声と美しい流れで、前曲と同じくまるで弦楽編曲しただけみたいです。ECM(本CDのレーベル)のM.アイヒャーに献呈しているのはそういう意向もあるのでしょうか。


Psalmody [Erkki-Sven Tüür] (1993/2011年)
合唱と管弦楽の楽曲です。冒頭主題は舞踏風にホモフォニーで機能和声的で、合唱も同期します。反復もあってミニマル的でもありますね。7'ほどで全休符が入り、民族音楽を取り入れた流れに変わります。合唱も同期して音圧が高く、ここでもミニマルを感じます。その後管弦楽の落ち着いた反復変奏となり合唱が戻ります。
ミニマルで米管弦楽曲風な明確な旋律と流れのマニエリスム楽曲です。




何と言ってもB.ディーンのCarloの素晴らしさでしょう。ジェズアルドを意識しながらのオリジナリティが光りますね。ジェズアルドの曲も少し新鮮さを味わう事が出来ました。

E.S.トゥールの方向性がロックを背景にした前衛だったらもっとアルバムが冴えたものになった気がします。でもレーベルがECMですから、そこまで期待していませんでしたけどもw



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アントン・アレンスキー(Anton Arensky) の「ピアノ三重奏曲 第一番・第二番」を トリオ・カルドゥッチで聴いてみましょう


Composer
アントン・アレンスキー
(Anton Arensky, 1861/7/12 - 1906/2/25)
アレンスキーと言われても名前を聞いた事があるかもしれない…と言った印象です。年代的には後期ロマン派時代ですが、ロシアの音楽家ですから。

ロシアではR.コルサコフとスクリャービン/ラフマニノフの間の年代で、前者に師事していて後者はアレンスキーに師事していました。(スクリャービンは後年 対立関係にあったとありますが、音楽方向から行けば当然の様な…) 楽風は師のコルサコフや同年代のチャイコフスキーの影響が強いと言われていますね。ロシア民謡をあまり取り入れず、欧州ロマン派の影響も見られる様です。


Album Title | Player
Piano Trios
トリオ・カルドゥッチ (Trio Carducci)
アレンスキーはピアノ三重奏曲(pf, vn, vc)を二曲残しています。本人の一部演奏も残っている第一番は代表作の一つですね。両者とも四楽章形式で交響曲に近い構成です。

"トリオ・カルドゥッチ"は、2016年に創設されたイタリアの新進気鋭のピアノ・トリオです。本アルバムがデビューCDとなりますが、この録音の後ヴァイオリニストを変更していますね。






ピアノ三重奏曲 第一番, ニ短調 Op. 32 (1894年)
第一楽章第一主題は哀愁を強く激しさを増すと第二主題のvcは落ち着いた流れを作ります。出し入れの強いロマン派的な流れです。展開部・再現部でも特にpfの力感を強く感じますね。第二楽章のスケルツォ主部は跳ねる様な三つの楽器の会話ですが、ここでもpfの強音が気になります。中間部ではやや流麗さを加えてきます。変奏はあっても楽章内の表情変化は薄いです。全楽章に感じますね。
緩徐の第三楽章・最終楽章も含めて、四つの楽章での変化はそれぞれあるのですが新鮮さは見当たりません。古さを感じる流麗な主題と強いコントラストのロマン派楽曲ですね。


ピアノ三重奏曲 第二番, ヘ短調 Op. 73 (1905年)
第一番の11年後、亡くなる前年の作品です。全体を3拍子ベースにした四楽章構成。第一楽章導入部からすぐに感じたのは第一番から変わらない出し入れの強い流れですね。楽章構成も緩徐とスケルツォを入れ替えているだけですし、vnの濃厚フラットな演奏も気になります。各楽章のインプレをするのは控えましょう。



古典から推移したロマン派の様な古さを感じます。残念ながら楽曲的には面白さが見出せませんでした。

出し入れが強いのは演奏者の個性かもしれません。今の時代のプレイヤーらしくエモーショナルよりも激しいコントラスト、YouTube方向性を感じますね。くどい演奏と合わせて、悪趣味なこのジャケットも何とかして欲しい様な…w

駄耳な上に感性も低いので。m(_ _)m




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