進化と真実

考える。常に考える。考えには限界はない。限界を作るのは物質に依存しているから。人間が炭素水素系有機体だからにすぎない。あえて言うなら、それに閉じ込められているからにすぎない。「形あるものは壊れる」からだ。
もしそれが仮にフッ素系有機体であろうが、硅素系有機体であろうが、無機であろうが。

物体と言う限界をもった器に依存しているから"果て"が気になる。宇宙の果てなども考える。物質は滅びるからこそ限りないもの”限り”を知りたがる。意味はない。知れば知るほどその先が見えるだけだろう、きっと。人間の考えは有機物の中の電子の移動の微弱電波。それが意識と呼ばれるものになった。有機生命体が進んだ一つの形。ならば意識が持つ実体とは何か。目的とは何か。

2億年も生きた恐竜にはそれは発生しなかったのかもしれない。だから存在する理由がなかったのかもしれない。進化が必要なのだ。生き残る為、種の維持の為に。自分と同じ物を脈々とコピーし続ける、それだけが形ある物が長らえる方法だから。
原始の世界では形をつなぎ続けて絶えない事から始まった。それが増える事で相手が生まれる。進化の競争には先んじたものだけが進化のスピードを加速させられる。次に必要になったのは負けない進化。でも進化は結果を求めている。

大きな絶対値が地球生命には待ち受けている事は明白。太陽の終焉だ。その時には有機体の存在はあり得ない。勝者となった生命は考える事が出来る権利を受ける。それは身近な終焉を読み取れる。そして、それを回避する事を考える能力が与えられる。そこにはいろいろなアプローチがあるだろう。現在は技術。哲学や精神世界を通り過ぎて、より物質の本質に目を向けた。これが正解の進化かは不明だ。実体とは何か。目的とは何か

恐竜が滅びた理由が、考える事への進化の過程へ踏み込めなかったとするならば、あらゆるパターンを造ったにも関わらず恐竜目が滅びたのは必然。ネメシスの偶然などは引き金にすぎない。考える事がそのハードルだったら、その先の進化が技術かどうかはわからない。技術は必要な経過なのかもしれない。

種の継承、そのものが目的であるはずはない。それならば生物の進化の過程のお遊びなど必要ない。可能性のないものは出現する必要はないし、早々淘汰されてしかるべき。物体を持つが故の食物連鎖でしかない。それさえもこれほどの種の氾濫は不要だ。
有機体が生き延びるには他の有機体を殺してエネルギー源にするしか道はない。ならば地球は全宇宙の地獄か。今この時でも世界のどこかで確実に戦争はあり、人間が人間を殺し合っている。進化か。

進化の次の過程は何か。完全二足歩行体はホモサピエンスのたどり着いた明確な進化。脳の巨大化への対応は、考える事に対応する為だ。進化した身体は手段。ならば物理的な進化の目標は何か。機械の身体を求めて銀河鉄道に乗るのは進化への階段か。
近い将来、コンピューターと呼ばれる無機物質は人間の脳の使われている部分を凌駕するだろう。そうすれば現在進んでいる脳インターフェイスを通じて自分の思考は有機体の中から無機の中へと移植されるだろう。有機体からの呪縛からは逃れられる。もしくは無機コンピューターではハード的な制約から自己増殖は難しいので、近い将来 有機コンピューターがスパコンと協調もしくは取って代わるかもしれない。
もしくは滅びない有機体。常に細胞を再生し続ける技術が生まれるかもしれない。個体の死を回避できるだろうか。そうなれば個体の再生を子孫に頼らなくてよくなる。それは進化か。

いずれにしろ太陽の寿命に左右される事には違いはない。ならば地球外に居を求めて飛び立つのか。技術的には飛び立つのは可能になるだろう。現状の科学では光を超えられない。その中で地球環境に近い惑星を探し出して移住するのは現状では難しい。生命維持環境を作り出して生命体を維持し続けるのは、技術的には可能になるかもしれないが、全宇宙空間相手での探索は困難だ。仮に全てが無機になったとしても。そしてそこにも、恒星の終焉という同じ結末が待っている。
進化は終わりか。地球生命として生まれしものに未来は、進化は尽きるのか。それは本当の進化のスタートかもしれない。今の進化はその為の助走でしかないのかもしれない。

有機生命体には考える事に限界が近い。徐々にしかそれは広がらない。それは体という枠に考えが閉じ込められているから。その世界から脱却できない。人間は考えた事は実現化できる、と言われる・・・・かもしれない。しかし、考えられない事は実現化のしようもない。この世界、物体基準、技術の中では。

考えが独り立ちした時に全てがわかるだろう。この宇宙が何なのか。生命はなぜ発生したのか。物体に依存時ない実体。それこそが真実を見る事が出来る。





テーマ : ひとりごと
ジャンル : その他

赤いパンツ事件!

赤いパンツ、下着の方だぞボクサータイプの。持ってるんだよね、赤系はボトムでもシャツでも持っているから個人的には赤のウェアは何の不自然感も無いのだ。

それは夏休みの避暑、万座温泉での出来事だった。

kokotonPAPAは下着の赤いパンツを穿いていたんだ。そう、温泉でね。
そこは脱衣場。他には30代とおぼしきお父さんと、3歳前後の男の子がいた。

その子がチラチラとこっちを見ているのはわかっていた。そして、その子はパパに聞かざるを得なくなった。よっぽど不思議だったんだよ、きっと。

「パパ、あの人って女の人? ママと同じパンツ穿いてるよ」

kokotonPAPAは心の中で大爆笑!!! お父さんが真っ赤な顔をして何か言ったのだが、あたふたしたセリフで覚えていない。まともに言葉になっていなかったのは確か。こっちに言い訳の様な謝りの様な。でも言い訳っぽかった。

笑っちゃうでしょ。真っ赤になった訳が。

何っ? 赤いパンツ穿いてる方がおかしい?って? いいじゃん、赤は活力の元だ。
そんな事、気になる?! 人の目何か気にして生きるなんてkokotonPAPAには出来ないゼ。

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ジャンル : ライフ

それが本当の優しさだろうか

人に優しく接する事はたしかに人間にとって大切であり、必要な事に違いない。
被災した方々への支援、募金で間接的であれボランティアで直接的であれ、それに救われた人がいる。

でも本当の優しさって、文字通りに優しく対応する事なんだろうか。地球上では宗教紛争、民族感紛争、飢餓、等々で 今この時にも多くの人命が望む望まないに関わらず奪い去られている。

紛争により被害に遭う側は、有無を言う暇もなく"やられる"。その時に自分の守らなければならないものを救う為には、"本当の優しさ"が必要となる。最低限の自分の守る物を守れない者が何を出来ると言うのだろう。
その時に必要となる"優しさは"、平穏をかき乱す要因と対峙出来るかになる。逃げるのも手かもしれない、それで済むなら。しかし、戦う事を避けられないなら戦ってでも守る。それ以外の優しさなど、存在しない。

話し合い? 良案を考えろ? ...平和ボケの幸せな世界に『たまたま』生まれただけのラッキーが染み付いた者の意見でしかない。
原発反対もけっこうだが、文句行ってるだけなら何にもならない。それでも何らかの足しになると言った方もいたが、平和ボケ。理屈だけでも不自由無く生きていける幸せな世界の住人。竹島問題も同じ、隣国にエアポートを作られたりしている時点で認めた事になる。遺憾を表明して何になる。遺憾とは残念に思う事でしかない。
行動に移せないなら同じ事。動いたヤツの勝ち。原発は再稼働した。竹島は隣国の実質支配下だ。

また震災が起こってしまって被災者が出てから優しくする.....か。それも優しさ。隣国の内政と割り切って見て見ぬ振り。それも事なかれで波風立たず。でも絶対出ない様に立ち向かうのが本当の優しさ。



テーマ : 独り言
ジャンル : その他

kokotonPAPAの21歳の時の様子 (爆)

21yo.jpg

先日片付けしてる時にkokotonMAMAが見つけた。kokotonPAPAが21歳の時の写真だ。 体型的には今も同じだな。当時の洋服を今でも着るから。
これはたしか広島の山奥にに行った時についでに撮ったんだよ当時からこういう態度だったんだ
要は何も変わっとらんと言う事か。

負けから学ぶ?

それってあるのかな? ホント?
もちろん有るんだろうけど、kokotonPAPA的にはちょっと違うと思うんだよね。
基本的には負けよりも勝ちから学ぶ事の方が多いんだよね。だから、負けたら”負けから学ぶ”んでしょ。
勝った際には学んでいる訳ね、勝ちパターンである成功体験とか、達成感を。その方が圧倒的に重要なんだ。

勝ち味を知った人間は目標目指して、あらゆる手だてを取るね。パターンも知っている。勝利の美酒は、勝利したものだけが知る味なんだよ。だからその為には努力を惜しまない。人間それを覚えないと。勝ち味と達成感。
それが有れば、目標を目指す圧倒的なモチュベーションになり得る。負けからさえも学べるのよ。

負けが多ければ負け癖が付くだけ。諦めも早くなる。努力の価値観も値下がりする。そこからは、反省はあっても学びとは違う。反省は後退を止めるブレーキには成るかもしれないけど、邁進にはほど遠い。その反省さえパターン化して形骸化するね、きっと。負け犬。

だから負け癖をつけるなよ。努力に満足度を得ようとするなよ。”これだけ努力したんだから 仕方ない….." なんて良く言うけど考えられない。自分への言い訳だろう。
”こんなに努力したのにクソ悔しい!” って、kokotonPAPAなら思うけどな。

一般人は勝ち負け半々でしょ。そうなると負けから学ぶなんてのんきな事言ってらんないんじゃない? 努力したなら勝ちや達成にこだわろう。勝ち味に浸らずに 負けから学ぶ 事なし!

テーマ : 生き方
ジャンル : ライフ

相手?関係ない、自分だろ

相手が自分をどう思ってるか? kokotonPAPAは歳を取ったおかげで、あまり気にしない。それよりも大切なのは、自分が相手をどう思うか。
相手の様子を伺っていたら何も進まない。なぜって?相手は変えられないからね。そう言う意味じゃ、終わった事も同じ。いくら考えたって何も変わりゃしない。変わる訳が無い。そんな事でイジイジするだけ時間の無駄よ。お構いなしで行く。

kokotonPAPA的には、自分にとって相手が大切かどうかが判断基準。
相手がこっちをどう思おうが気にしない。嫌な部分はパス、スルー。ちょっと気になっても気にしない。あっ、そ?!ってね。こっちが大事に思っている事に価値がある。自分の考えをはっきりさせて何かを進める。オタオタしていたら誰も信用してくれない。そう言う意味じゃ、物事穏便に….という 事なかれ主義は苦手かもしれない。まぁ凹む事もあるけど、すぐにスイッチが切り替わっちゃう。

仕事や自分の性格の問題もあるから一概にこれがOKとは言わない。でも変えられないモノは変らない。終わってしまった事や相手をグズグズ考えたって始まらない、前進なしよ。それなり生きてりゃわかるけど、殆どの事はたいした事じゃない。
変えられるのは自分と将来。死んじゃうまで将来はあるからね。自分が思う通りいろいろ考えよう、やってみよう。だから今が一番楽しい。この先はもっと楽しいに決まってる。

自分の中の嫌なヤツと向き合ってみるか!

kokotonPAPAは嫌なヤツだな。えっ、わかってるって?
そうじゃなくてね、自分の中の嫌な性格の事だよ。
昔は自分の欠点が気になって自己嫌悪な時があったよ。なんで自分はイヤなヤツなんだろうって。
自分の欠点、嫌な性格、っていつ頃気付くんだろうね。10代の頃はうっすら….、20代である部分は明確に自覚…、30代ではっきりする。的な感じだろうか? それじゃ遅い? それ以降もポツポツと気付くかな。

不思議なのは自分のイイ処ってわからないよね。イヤな処はわかるのに。履歴書に長所とか欠点みたいな欄あるじゃない。あんなのは本質じゃないでしょ。長所:明るい性格、短所;短気な処、みたいなね。なにそれ?! でも、本当の長所・良い所って…?、難しくない? イヤな処はわかるよねぇ。それともkokotonPAPAがネガティブな正確なだけかな。

イヤだよねぇ、自分の嫌いな処ってさ。あまり直視したくないよ。kokotonPAPAは独占欲、嫉妬心、妬み、捻くれ、卑怯者、等々イヤな部分が多い。10代の頃は薄々気付きながらも相手を傷つけたりしてたんだろうな、きっと。20代になると、わかっちゃいるけどやめられない的行動だよ、多分。その度にこっそり凹んだりしてた。

でもね、実はある時期に自分のイヤな部分をじっくりと眺めてみる事にしたんだね。引き金は病気でありkokotonMAMAであり、親友であり、諸々。これじゃイカンな!、なんて格好良い話じゃなくて ”どうしてなんだろう” って、ふと不思議に思ったんだよ。なんでこう言う風に自分は考えるんだろうって。どういう回路で出来ているんだろうね、イヤな自分は。

例えば相手の立場に立ってみる。イヤだよね~。想像するだけで自己嫌悪に陥る。でも考える。
そういう風な態度に出ない人と較べてみる。ダメだね、それは。そう考えられないんだから。そこが問題なんだよ。
そこで同じようなヤツをもう一人連れてくる。例えば10代の自分とか。わかるヤツね。こいつしか居ないでしょ。(笑)
何かしら違いがあるかも。それなら理解できるよ、イヤなヤツだからね。
10代の自分はそれに気付かずに行動している。相手の思いもその場では気付かない。でも歳が過ぎるに従い気がつきながらも止められずに行動してしまう事も。相手も、そして気持ちもわかるけど止められない…...。
起こる事は減るが結果は同じ、待てよ….と。
気付かずにやっているのは実に始末にわるいけど、わかっている方がまだマシか。
例えば仕事や遊びで考えてみる、言われた通りにやらなかったケース。理解していないで仕出かすヤツは何度でもケースを変えてやっちまう。理解してないから。でもこちらの事を理解しているが納得していない、ある意味確信犯の場合は話し合いで何とでも意思統一できる。わかっているなら救いがあるはずよ。

自分に置き換えてみた。イイじゃん、イヤな自分。そこが可愛い自分だと思う事にする! そう決めた!

自分でわかってれば。それをオープンにしちゃう! みんなにそう言えば良いんだよ。イヤな処をはっきりさせれば。自分は独占欲が強いからねって、口の聞き方は荒いよって。そのままの自分で居れば良いだけ。多分みんな大して変わらないのよ。だったら自分のイヤな所を好きになれば、自分が好きになれる。
自分が好きになれれば、他人の性格も含めて好きになれるよ。人が好きになれる。どんなにイヤなヤツでもたいした事ないんだよ。何か一言いうとガーって口荒く怒鳴るヤツがいても、その人間の中では普通レベルだと思う。そう言う表現なのよ。そう言う事にも凹まなくなるよ。相手の顔色を必要以上に気にしなくもなるね。えっ面倒なら殴っちゃう?そりゃイカン!(爆)

そうなると人生楽しくなるね。えっ、相手は楽しくない?! かもしれない。でも、知らずにいるより絶対良いよ。まぁ、生理的に受け付けないタイプ….これはお互いあるかもね。そこまでは仕方ないでしょ。^^ゞ

若い頃に戻りたい? あり得ないよね、こうなると歳を経る程に人生楽しい。今が一番楽しい。
本当にそうかい? 体だって不具合だし、迷惑かけてるし、年寄りになっちゃったし、って碌な事無いし肉体的、環境的にだってこれから良くはならないはず。
いや、それでも今が最高の人生。経験値が増える事が良い方に動いてくれたりもする。

でもね、一つだけ。31歳の自分に一回戻りたい。そう、大病した時。大病はそのままでも良いから、一回だけ戻りたい。
その時の2歳の娘にもう一度だけ会いたい。そしてギューって抱きしめてあげたい。もっともっともっと大好きだって伝えたい。優しく優しく、そして優しくしてあげたい。優しさに包まれて育った人間は必ず優しさが心の底に刻まれる。
kokotonPAPAにはそれが出来なかった。人生で唯一の悔やみ。でも、代わりはkokotonMAMAが居てくれた。だからこんなkokotonPAPAの娘でも優しい。ありがとう。

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ばれてるゼ、日本人の国民性

震災が起きるたびに世界で語られる日本人の我慢強さや、忍耐力、統率性。
でも今や世界の知識人の間では、自らは何もできない国民性と言われてるよ。
これだけの事態でも国民は沈黙のメジャリティー。国に詰め寄る出なく、政府に対する意識調査も何の反映もなし。東電は子会社へ送り込んだ役員もそのままに高額所得者。除染まで自分の所の系列が請け負う。ライフラインを握っている会社は国も制裁が甘くなる。電気料金から寄付金を公共機関に寄付金として上納しているからね。使用量金に寄付金まで含んでるんだよ。一般企業、例えば家電メーカーがそんな事やったら大問題だよね。でも、OK。

みんな知ってるのに動く訳じゃない。忍耐強いんじゃないよね。動かない、待ち。
基本は常に”待ち”、何があっても”待ち”、とにかく”待ち”、やらずに”待つ”の国民性。みんな一緒に最悪の機会でも待つ、そして待つ。誰かやってくれる。廻り見てご覧よ、仕事だって遊びだって同じでしょ。
危険覚悟で言うならば、戦争するって言ったらまたやるかも。指示されたら反旗を翻せる訳でもない。一人が行けばみんな行く。お店に長蛇の列を作るのだって同じ。みんなが同じ指向(嗜好?)なんて事も無いはずなのに。

じゃぁボランティアは? ずいぶん浸透したよね。良いよね。でも、それは優しさの部分。弱い人に優しくする。一人が行けばみんな行く、良いケース。
でも方向転換が必要な解決にはつながらない。強いヤツに立ち向かわなければ方向性は変わらないんだよ。

単一民族で無信教に近い農耕民族、そして島国、これこそが真の日本人的性格を構成しているんだろうねぇ。農耕民族は善くも悪しくも突出しない事が大切。みんなと似たり寄ったりが一番平和で何より大事。島国の環境もそれに輪をかける。争ったり、戦ったりはダメ。
世界で一番の紛争の元である民族間対立や宗教対立に縁がない。戦わなければならない必然性を理解するのは難しい。その辛い気持ちすらわかる訳も無い。日本人にシオニストはいるかと言う問題を学生時代に論じた事がある。いる訳が無い。身を以てシオニズムを感じた事の無い者にその真意など本でわかる訳も無い。

でも狩猟民族はそんな事言ってられない、狩りが出来なければ自分たちだけが飢え死にするんだから。国がつながっていて、民族対立や宗教対立があれば尚更立ち上がらなければやられちまう。妥協なんて無い。暗黙の了解なんて通じない。NoはNoなのだよ。

将来の子供たちに何かを残してやらなければならないなら、自分自身が変わらなければ何も変化しない。大事な者を守るにはどうすればいいか。何を相手に動かなければならないか。日本人が変わらなければ日本はないんだよ。以前、アメリカ人の評論家が再び核攻撃を受けるとすれば、また日本だろうと言っていた。シチュエーションは忘れたが、その言葉だけが頭に残っている。

多分これを読んだ人はまず思う、そして言う「そういうお前はどうなんだ!」と。この言葉こそがみんなと同じじゃなきゃ生きられない証拠。人の事をとやかく言う事しかまずは浮かばない。気に食わなければ挙足取り。
日本人はディベートが下手だと言われる。それは、危なくなると相手の人格攻撃に走るから。一番の約束違反。

アメリカ人と拙い英語でも良いから、そういう話をしてみたら? 彼らはすぐ言うよ、「俺なら・・・・!」って自分の意見をね。人の言った事にケチ付けるより自分の考えが大事だから。independent spirit。

kokotonMAMAに聞けばkokotonPAPAの性格はすぐわかる。「ろくな人間じゃないって?!」
でもね、尖った性格は守るべきモノを大切にする。自分が守るべきMin.Unitが何かはわかっている。その時は、躊躇無く全てを捨ててでも行く。それが守れずして何を守れると言うのだろう。

このところ、すこし心の中にある事を文字にしてみた。

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今年の正月三が日はいつもと違った

今年の正月三が日はいつもと違う過ごし方だったね。
まずは大晦日から飲み続けのグタグタ状態。(笑) そのせいで、さっき吉祥寺に行っただけで元旦と二日は完全に家の中でゴロゴロ。例年一日は野鳥写真を撮りに出かけるんだけどね。今年は予定も無かった.....^^ゞ

音楽・エレキギター・アルコール(爆)以外の原因が、箱根駅伝。今まで全然興味なかったし、ろくに見た事も無いのに何のつもりか全部見ちゃった。いや、面白かったゾ。
◆東洋大メンバー 結束のリベンジの走りとブッチギリ大記録。エース柏原のカリスマ性とその凄さ。いやぁ、思わず応援しちゃったよ。母校でもないのに。
◆奇跡のタスキ渡しの神奈川大。9区・鈴木、鶴見中継所で10区の選手を目前で足がもつれ転倒。迫る繰上げスタート時間。何度倒れながらも繰上げスタート残り1秒での奇跡のタスキリレー達成!
◆中央大、シード権を掛けた代田、アンカー塩谷の根性走り。根性論の嫌いなkokotonPAPAも、脚がヨレヨレの塩谷がゴール前で絞り出す根性には感激。
まぁ、来年も見るかはわからんけど今年は魅かれるものがあった! 考えたらうちの親子三人の母校が全部出てた。全部シード権取ったしね。

見終わって、とりあえず吉祥寺に行ってみた。三が日最後だけど、町はやっぱり正月気分。バスは深大寺からだったので満員。途中からは満員通過でLet'吉祥寺! お茶して、買い物チョロリで帰宅~。
サンロードはこんな感じだったよ。とりあえずは、正月に出かけたと言う事で.....まぁイっか。^^ゞ
吉祥寺'12年正月サンロード

今日の新宿は反原発一色!

休暇をとった今日。午前中ですませた用事の後は新宿へ。
今日の新宿は反原発一色。警察との軋轢も有り。でも頑張ってた。何か、参加しよう!
海外のメディアも出ていたね。今の状態は異常値にある事をみんな理解して将来を担う子供達を救わなくては!
我々 年寄りの出来る事は子供達を守る事だけなのだ。
新宿ー反原発110911
プロフィール

kokotonPAPA

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ものずき、おっさん じいさん、わがままきまま、すきほうだい、しななきゃなおらない.

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1.このblogで言う現代音楽
2.マーラー交響曲第5番 150CD
 (名盤・珍盤 聴き比べ)

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