要るのは "判断" そして "創造" だよね

よく他人に突っ込まれると、モゾモゾとハッキリしない人いるよねぇ。あれは本当に自分が判断した自分の意見なのかねぇ。
自らの判断こそが信じられる一番の判断に決まっている。他人の情報や意見にウロウロしていても始まらないよ。

以前は情報が少なく、論評や他人の意見から情報を集めざるをえない時代だったから仕方が無い様な気もする。でも今はインターネットやイントラネット(早くも "死語" だね)の普及に伴って自分で必要な情報を得られる様になったからね。客観的な情報を自分で集めて判断出来るよ。評論家など不要な時代が来るだろうね。
もちろん意見を取り入れるのは大切な事、言うまでもないよね。でも、その判断を自分で出来ないなら必要の無い人間と言う事じゃないの。

『それなら、現代音楽のコメントなんか アップするな!』って? 違うよ、あれは「他人がどう聴こうが、自分はこう思う!」って自分の判断。他人の意見にウロチョロ左右されない事だよ。情報(作曲年代とか歌詞、楽器構成とかね)だって国内にないなら海外サイトを探せばいくらでもあるからね。

何やったって同じでしょ、きっと。自分らしさが大切だと思う。他人が何言ったって関係ないよね、やるのは自分だからね。まぁ、性格を変えられないってのもあるけど......ね。^^ゞ


そして、自らが作り出す事こそが全てだよね。個人的には、趣味・遊び、仕事だって同じだよ。

自分のやる事・やった事(創造した事)が一番大切。

手直ししたりだとかは誰でも簡単にできるよね、オリジナルさえあれば。でも、それが無ければ何も出来ないと言う事だよ。
プログラムは作るのは大変だけど、一部修正して自分のものにするのはいたって簡単。既存のものを立て並べ 手配した処で、手配師に創造性はない。考える事とは創造性が必要な事なのだから。オリジナリティなくして何が楽しいのかなぁ??

真に必要なのは自らが作り上げる事だよね。世の中の進歩は創造だけが作り上げて来たんだ。自分のオリジナルアイディアの具現、イノベーション。
もちろん、クライアントが真に必要とする事への対応は必要だね。時によりエンドユーザー、エージェントと変わる事はあるが趣味も仕事も皆同じ。

えっ、また?『お前の野鳥写真は、鳥は小さいし話にならんよ。全くつまんない!』って。 イイんだよ、アマのkokotonPAPAのクライアント(出資元)は kokotonPAPA & MAMA だからね。クライアントが喜ぶオリジナリティある写真こそが必要。だから他人がどう言おうと それが無ければ進めない。進めば共感してくれる人も出てくる...きっと、....多分、ねっ。^^v

自分は自分、何やっても それが楽しい!
それが生き方。


テーマ : ひとりごと
ジャンル : その他

「遺骨と埋葬」について真剣に考えた事、ありますか?!

kokotonPAPA's family はお墓を持たない予定です。もちろん私の遺骨は散骨・等の処理をしてもらうつもりです。現実問題として古くからの家柄でもありませんし、自分の生きた証拠は皆さんの心に残るもので、魂の無い亡骸はすでに自分にあらずと思うからです。もちろん負担も疎かに出来ない問題です。それが自分としての最良のエターナルだと思います。

お知り合いの井上光興氏と先日お会いした時に、以下の様な活動をされていらっしゃる事を伺い、賛同すると共にここに紹介させていただこうと思います。(是非、クリックしてお読みいただきたく思います)

収骨・埋葬 に関する提案_ あいさつ

提案チャート_遺骨・埋葬のこと


色々な選択肢がある事が大切なのではないでしょうか。皆さんは、いかがお考えでしょうか。




人の命の価値

人の命、誤解を恐れずに言えば何の価値も無い。全宇宙から見れば、今この時に地球から人類が滅亡しても何ら意味を持たない。
存在すら意味が無い。原発がどうのこうの言ったところで、太陽(の中心部)は人間が逆立ちしても作れない無限サイズの核融合炉。自然破壊だ何だと言ったところで自然そのものが滅ぼすサイズに較べれば比較の必要も無い。そもそも太陽系そのものが消滅しようが、この銀河が消滅しようがマクロ世界の宇宙から見れば、地球の砂一粒が行方不明になった程の価値もないサイズであり、事実なのだ。

人間は無から物を作り出せない。宇宙という物理的組成物の並び替えで新しい!と言っているだけ。人の思考など、その組成物の微弱な電気信号や伝達物質のやりとりでしかない。殆どが空虚に見える宇宙全体にもニュートリノやヒッグス粒子を介し同じ様な信号が流れているのかもしれない。だとすれば......

人間の存在は宇宙で稀か。仮に唯一無二、1/∞の存在であったとしよう。それでも蒸発したところで何の意味もなさないだろう。
死?生? 考える必要あるか? 死は宇宙の組成の一部に回帰する事に他ならない。太陽の終焉とて同じ事。原点回帰。宇宙の灰塵に戻れるのだ。

つまらない事でくよくよしている必要など全くない事を理解すれば、そう!死だろうが敵だろうが、ネガティブな事は考える必要なし。自分の思った通りに生きられる。
ん? 安易な結末に落とし過ぎか......


テーマ : こころのままに
ジャンル : その他

今考える、中途半端な平和は正常か

相手に勝つ事。これが全ての進化と生存の源。捕食者はより獰猛で理知的に。被捕食者は圧倒的数で避けるか、逃げ果せるスピードか、静まりかえる擬態か、知性的には劣る。それでは被捕食者が絶滅する機会が多いか。違う。それは過ぎたる捕食者も同じ道を辿る。互いの進化は必須。生き残りの為の進化の力比べだ。生き残る事そこ全て。そこに半端な平和など入る余地はない。

人間には手段という手がある。武器、兵器だ。人間の技術力はそれを飛躍的に向上させた。原始的な生命体は、現在人間にまで進化した。それは戦いの果て。では平和は手にしたか?

人間以外の生命体は、選ばれた物だけが生き残れる。身体に問題が起れば、直接的に死に結びつく。
人間は思考と技術を得たおかげで、物体的には生き延びれない個体さえも生きさせる。人間だけが異なる部分。進化の一端だろか? それは平和を手にしたのか。

今この時も、人間対人間、人種間、宗教間、国と国、人は戦う。生命体の本能は殺傷の世界を常に地球上のあらゆる場所で発生させている。直接的殺傷にならずとも経済戦争の様に身の回り全ては戦い。進化した人類(仮にそれが進化だとして)の今でもなんら変わらない。
全ては相手に打ち勝つ事が生きる基本だ。勉強しかり、スポーツしかり、仕事しかり、全ては比較という戦い。
常に勝者と敗者がいる世界に変わりはない。人間が手にした技術。その頂点にいるのは兵器の技術。戦いの技術。最新テクノロジーは国家を巻き込んだ兵器産業から進化して行く。戦略・戦術は軍隊=国家の考え。全ては戦い争いに勝つ事が基本。

勝ったものだけが生命体の存在に貢献した事になる。勝者こそ存在理由。
中途半端な平穏と平和だけを信じたい日本人に一番欠けている問題。
被捕食者サイドで攻撃をかわすアイディアを研ぎすますか、捕食者サイドで知恵を絞るか、いずれに生まれても新しい事にチャレンジし貢献せずして生きる理由なし。

テーマ : ひとりごと
ジャンル : その他

結婚30年目の今日、そしてkokotonMAMA



今日で結婚して30年。短かったなぁ。あっという間。
重病もしたり、いろいろあったけど川の流れの様に自然に時は過ぎた。
ありがとう。


kokotonMAMA.jpg
先日の野鳥撮影時のkokotonMAMA






テーマ : ひとりごと
ジャンル : その他

進化と真実

考える。常に考える。考えには限界はない。限界を作るのは物質に依存しているから。人間が炭素水素系有機体だからにすぎない。あえて言うなら、それに閉じ込められているからにすぎない。「形あるものは壊れる」からだ。
もしそれが仮にフッ素系有機体であろうが、硅素系有機体であろうが、無機であろうが。

物体と言う限界をもった器に依存しているから"果て"が気になる。宇宙の果てなども考える。物質は滅びるからこそ限りないもの”限り”を知りたがる。意味はない。知れば知るほどその先が見えるだけだろう、きっと。人間の考えは有機物の中の電子の移動の微弱電波。それが意識と呼ばれるものになった。有機生命体が進んだ一つの形。ならば意識が持つ実体とは何か。目的とは何か。

2億年も生きた恐竜にはそれは発生しなかったのかもしれない。だから存在する理由がなかったのかもしれない。進化が必要なのだ。生き残る為、種の維持の為に。自分と同じ物を脈々とコピーし続ける、それだけが形ある物が長らえる方法だから。
原始の世界では形をつなぎ続けて絶えない事から始まった。それが増える事で相手が生まれる。進化の競争には先んじたものだけが進化のスピードを加速させられる。次に必要になったのは負けない進化。でも進化は結果を求めている。

大きな絶対値が地球生命には待ち受けている事は明白。太陽の終焉だ。その時には有機体の存在はあり得ない。勝者となった生命は考える事が出来る権利を受ける。それは身近な終焉を読み取れる。そして、それを回避する事を考える能力が与えられる。そこにはいろいろなアプローチがあるだろう。現在は技術。哲学や精神世界を通り過ぎて、より物質の本質に目を向けた。これが正解の進化かは不明だ。実体とは何か。目的とは何か

恐竜が滅びた理由が、考える事への進化の過程へ踏み込めなかったとするならば、あらゆるパターンを造ったにも関わらず恐竜目が滅びたのは必然。ネメシスの偶然などは引き金にすぎない。考える事がそのハードルだったら、その先の進化が技術かどうかはわからない。技術は必要な経過なのかもしれない。

種の継承、そのものが目的であるはずはない。それならば生物の進化の過程のお遊びなど必要ない。可能性のないものは出現する必要はないし、早々淘汰されてしかるべき。物体を持つが故の食物連鎖でしかない。それさえもこれほどの種の氾濫は不要だ。
有機体が生き延びるには他の有機体を殺してエネルギー源にするしか道はない。ならば地球は全宇宙の地獄か。今この時でも世界のどこかで確実に戦争はあり、人間が人間を殺し合っている。進化か。

進化の次の過程は何か。完全二足歩行体はホモサピエンスのたどり着いた明確な進化。脳の巨大化への対応は、考える事に対応する為だ。進化した身体は手段。ならば物理的な進化の目標は何か。機械の身体を求めて銀河鉄道に乗るのは進化への階段か。
近い将来、コンピューターと呼ばれる無機物質は人間の脳の使われている部分を凌駕するだろう。そうすれば現在進んでいる脳インターフェイスを通じて自分の思考は有機体の中から無機の中へと移植されるだろう。有機体からの呪縛からは逃れられる。もしくは無機コンピューターではハード的な制約から自己増殖は難しいので、近い将来 有機コンピューターがスパコンと協調もしくは取って代わるかもしれない。
もしくは滅びない有機体。常に細胞を再生し続ける技術が生まれるかもしれない。個体の死を回避できるだろうか。そうなれば個体の再生を子孫に頼らなくてよくなる。それは進化か。

いずれにしろ太陽の寿命に左右される事には違いはない。ならば地球外に居を求めて飛び立つのか。技術的には飛び立つのは可能になるだろう。現状の科学では光を超えられない。その中で地球環境に近い惑星を探し出して移住するのは現状では難しい。生命維持環境を作り出して生命体を維持し続けるのは、技術的には可能になるかもしれないが、全宇宙空間相手での探索は困難だ。仮に全てが無機になったとしても。そしてそこにも、恒星の終焉という同じ結末が待っている。
進化は終わりか。地球生命として生まれしものに未来は、進化は尽きるのか。それは本当の進化のスタートかもしれない。今の進化はその為の助走でしかないのかもしれない。

有機生命体には考える事に限界が近い。徐々にしかそれは広がらない。それは体という枠に考えが閉じ込められているから。その世界から脱却できない。人間は考えた事は実現化できる、と言われる・・・・かもしれない。しかし、考えられない事は実現化のしようもない。この世界、物体基準、技術の中では。

考えが独り立ちした時に全てがわかるだろう。この宇宙が何なのか。生命はなぜ発生したのか。物体に依存時ない実体。それこそが真実を見る事が出来る。





テーマ : ひとりごと
ジャンル : その他

赤いパンツ事件!

赤いパンツ、下着の方だぞボクサータイプの。持ってるんだよね、赤系はボトムでもシャツでも持っているから個人的には赤のウェアは何の不自然感も無いのだ。

それは夏休みの避暑、万座温泉での出来事だった。

kokotonPAPAは下着の赤いパンツを穿いていたんだ。そう、温泉でね。
そこは脱衣場。他には30代とおぼしきお父さんと、3歳前後の男の子がいた。

その子がチラチラとこっちを見ているのはわかっていた。そして、その子はパパに聞かざるを得なくなった。よっぽど不思議だったんだよ、きっと。

「パパ、あの人って女の人? ママと同じパンツ穿いてるよ」

kokotonPAPAは心の中で大爆笑!!! お父さんが真っ赤な顔をして何か言ったのだが、あたふたしたセリフで覚えていない。まともに言葉になっていなかったのは確か。こっちに言い訳の様な謝りの様な。でも言い訳っぽかった。

笑っちゃうでしょ。真っ赤になった訳が。

何っ? 赤いパンツ穿いてる方がおかしい?って? いいじゃん、赤は活力の元だ。
そんな事、気になる?! 人の目何か気にして生きるなんてkokotonPAPAには出来ないゼ。

テーマ : 楽しく生きる
ジャンル : ライフ

それが本当の優しさだろうか

人に優しく接する事はたしかに人間にとって大切であり、必要な事に違いない。
被災した方々への支援、募金で間接的であれボランティアで直接的であれ、それに救われた人がいる。

でも本当の優しさって、文字通りに優しく対応する事なんだろうか。地球上では宗教紛争、民族感紛争、飢餓、等々で 今この時にも多くの人命が望む望まないに関わらず奪い去られている。

紛争により被害に遭う側は、有無を言う暇もなく"やられる"。その時に自分の守らなければならないものを救う為には、"本当の優しさ"が必要となる。最低限の自分の守る物を守れない者が何を出来ると言うのだろう。
その時に必要となる"優しさは"、平穏をかき乱す要因と対峙出来るかになる。逃げるのも手かもしれない、それで済むなら。しかし、戦う事を避けられないなら戦ってでも守る。それ以外の優しさなど、存在しない。

話し合い? 良案を考えろ? ...平和ボケの幸せな世界に『たまたま』生まれただけのラッキーが染み付いた者の意見でしかない。
原発反対もけっこうだが、文句行ってるだけなら何にもならない。それでも何らかの足しになると言った方もいたが、平和ボケ。理屈だけでも不自由無く生きていける幸せな世界の住人。竹島問題も同じ、隣国にエアポートを作られたりしている時点で認めた事になる。遺憾を表明して何になる。遺憾とは残念に思う事でしかない。
行動に移せないなら同じ事。動いたヤツの勝ち。原発は再稼働した。竹島は隣国の実質支配下だ。

また震災が起こってしまって被災者が出てから優しくする.....か。それも優しさ。隣国の内政と割り切って見て見ぬ振り。それも事なかれで波風立たず。でも絶対出ない様に立ち向かうのが本当の優しさ。



テーマ : 独り言
ジャンル : その他

kokotonPAPAの21歳の時の様子 (爆)

21yo.jpg

先日片付けしてる時にkokotonMAMAが見つけた。kokotonPAPAが21歳の時の写真だ。 体型的には今も同じだな。当時の洋服を今でも着るから。
これはたしか広島の山奥にに行った時についでに撮ったんだよ当時からこういう態度だったんだ
要は何も変わっとらんと言う事か。

負けから学ぶ?

それってあるのかな? ホント?
もちろん有るんだろうけど、kokotonPAPA的にはちょっと違うと思うんだよね。
基本的には負けよりも勝ちから学ぶ事の方が多いんだよね。だから、負けたら”負けから学ぶ”んでしょ。
勝った際には学んでいる訳ね、勝ちパターンである成功体験とか、達成感を。その方が圧倒的に重要なんだ。

勝ち味を知った人間は目標目指して、あらゆる手だてを取るね。パターンも知っている。勝利の美酒は、勝利したものだけが知る味なんだよ。だからその為には努力を惜しまない。人間それを覚えないと。勝ち味と達成感。
それが有れば、目標を目指す圧倒的なモチュベーションになり得る。負けからさえも学べるのよ。

負けが多ければ負け癖が付くだけ。諦めも早くなる。努力の価値観も値下がりする。そこからは、反省はあっても学びとは違う。反省は後退を止めるブレーキには成るかもしれないけど、邁進にはほど遠い。その反省さえパターン化して形骸化するね、きっと。負け犬。

だから負け癖をつけるなよ。努力に満足度を得ようとするなよ。”これだけ努力したんだから 仕方ない….." なんて良く言うけど考えられない。自分への言い訳だろう。
”こんなに努力したのにクソ悔しい!” って、kokotonPAPAなら思うけどな。

一般人は勝ち負け半々でしょ。そうなると負けから学ぶなんてのんきな事言ってらんないんじゃない? 努力したなら勝ちや達成にこだわろう。勝ち味に浸らずに 負けから学ぶ 事なし!

テーマ : 生き方
ジャンル : ライフ

プロフィール

kokotonPAPA

Author:kokotonPAPA


ものずき、おっさん じいさん、わがままきまま、すきほうだい、しななきゃなおらない.

 kokotonPAPAのブログ  ホームページtop  メールtop



1.このblogで言う現代音楽
2.マーラー交響曲第5番 160CD
 (名盤・珍盤 聴き比べ)

カテゴリ
個人的お奨め度*
★   こんなもん?
★★  悪くないね
★★★ 最高です!
☆   +0.5
お友達ブログ
kokotonPAPAカウンター
unique-access