カティア・ブニアティシヴィリ の Motherland を聴く

この処ピアノ曲が続いていますが、まずはこれが〆です。以前も書きましたが、現代音楽を聴く一つのきっかけはピアノ曲。リストのパガデルですから、ピアノ曲は個人的には付き合いが長いですね。

さて問題の Khatia Buniatishvili のCD第三弾。最近聴いたピアノ曲のCDの中では一番気になるアルバムです。
[Motherland:母国]とはいったいどう言う意味でしょう。
バロックから古典、ロマン派、国民楽派、印象主義、表現主義、近現代音楽までを並べたピアノ曲。そして途切れ目無くそれらを繋げています。アタッカとは言わないでしょう。
不思議なのは、その時代らしい楽曲の選択感が薄い事です。バロック臭さの弱いバッハ、ヘンデル。現代音楽らしくないカンチェリ、リゲティ。作曲者の個性は薄く平均化された様な世界ですね。
通して一曲の様に流れ演奏されるのはブニアティシヴィリの感性、静寂・透明感の世界です。それがブニアティシヴィリの言う"母国"なのでしょうか。

これはHJ.LimやValentina Lisitsaの様なピアニストに対するアンチテーゼなのか、はたまた目線を変えて作られただけのCD? 素晴らしき感性のなせる一枚なのか、BGMなのか。企画物なのか、本当に本人の意図なのか。
二三回聴いただけでは、普通の心地良いピアノ曲集にしか感じられません。もちろん、それはそれで良いのです。

有名曲のドビュッシー「月の光」や、ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」でも特別な事は感じられません。前者ならバヴゼ、後者ならアデールの方が好きですし、このCD"らしい"気がします。
カンチェリ、リゲティはもちろん大好きな現代音楽家ですが、この曲の選択なら他の作曲家の作品をもってきても良かった様な。
ショパンもエチュードとしては技巧パートの少ないOp.25/7を持って来ていますね。スクリャービンのエチュードはOp.2-1、初期作品でメロディアスな主題です。当然スクリャービンらしさは弱いですね。その辺がコンセプトなのかもしれませんが。
唯一 情熱的パートを配した Vagiorko mai / Don't You Love Me? はブニアティシヴィリ編による楽曲です。コーダ前の山場風に、全体構成上も企画的にもうまい配置ですね。
最後にもってきたペルトの「アリーナの為に」は、いかにもペルトらしく、現代音楽としてはつまらない作品ですが、弱音単音構成の楽曲で消え入る様に終えます。このアルバムらしいです。

いずれにしても、ブニアティシヴィリのコンサートのイメージでは然程のタレントを感じられなかったので、構成も含めてすっきりとしないのは事実です。

気持ちと技術の籠った演奏は、激情性の強い快演も澄み切った名演も、コンサートでの出会いが最高の楽しみです。また、録音(CD・等)ならば個人的な好みの演奏がいつでも部屋のオーディオで楽しめるのがイイです。ただ、それに値するのはそうそうあるものでは無いと言う事ですが。

一度 自分の耳で聴いてみる事をお勧めする一枚ですね。



【後日追記】同年8月18日(月)のNHKプレミアム・シアターで『カティア・ブニアティシヴィリ 森の中のピアノ・コンサート』が放送されました。それを見たら、Motherlandの意味が分かりました


テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

kokotonPAPA

Author:kokotonPAPA


ものずき、おっさん じいさん、わがままきまま.

 kokotonPAPAのブログ  ホームページtop  メールtop


ご案内
カテゴリ
お友達ブログ
kokotonPAPAカウンター
unique-access