ゴールデンウィークは音楽と読書だな

で、小松左京 の ”果しなき流れの果に” だ。SFなんて本じゃない?! 甘いな。
集団思惟。思惟といっても仏教のそれではない。kokotonPAPAが学生時代によく考えていた事だ。そういう作品の一つ、そういう考え方の一つ。であり、登場人物のキャラクター的展開やSF的時空設定に依存する事がコアではない作品。SFと言うのは実に解釈が曖昧だな。固定概念的文学から距離をとる事もSFのスタンスなら当然のアプローチとは言えるが。

果しなき流れの果に-小松左京
50年とは言わないが、それくらい前の作品だが未だに色あせる事は全くなかった。それは先ほどのような作品だからだろう。21世紀という時代の推測は陳腐化するので仕方ないがそれも然程感じなかった。
本書は1966/7月に早川から文庫化され角川を経て絶版状態にあったのを徳間が1990/3月に復刊させたもの。現在はハルキ文庫から出版されている。

もう一つ面白いのは”日本沈没”の続編となる予定だった展開、日本民族が世界に散らばり その果てに人類初の地球外植民地に旅立つ基本ストーリーもこの中に既にのっている事。そしてその展開もすでに構想にある事。逆に日本沈没はこの前章として後から具体的作品化されたと実感できる。日本沈没は1973年出版。残念ながら、その先が作品化される事はなかった。確か作者は、条件が揃わない、といった様な事を語っていたと覚えている。

久しぶりに昔の本を読み返してみた訳だが、以前のように本をむさぼり読むようになるのだろうか。年を取ると子供にかえると言うが、音楽の完全復活と以前にも増した没入度を考えると危険だから気をつけよう。もう新規投資する時は短い。

考える事は人間の必然だと思っているが、また文学(文字)の力を借りるのが必要な事なのか。一部の純文に手をつけるのはやめよう。思考の渦にはまるかもしれない。
単なる痛快読書は現実逃避に近づく、だからkokotonPAPAは好きでない。自分の思考に共鳴を与える物だけが価値がある。読書後の痛快感や文面上の感動など意味をなさない。自分にとって考える事こそが読書の必然。

話は脱線するが、kokotonPAPAは物理的実体の自分にあまりこだわりはない。その不具合の多い有機個体と指向性は好きだけど。(笑)
だから大きな病気を言われたときも驚くほど他観できた様な気がする。大切なのは考え続ける意識の存在、それが自分。


テーマ : SF小説
ジャンル : 本・雑誌

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

kokotonPAPA

Author:kokotonPAPA


ものずき、おっさん じいさん、わがままきまま、すきほうだい、しななきゃなおらない.

 kokotonPAPAのブログ  ホームページtop  メールtop



1.このblogで言う現代音楽
2.マーラー交響曲第5番 160CD
 (名盤・珍盤 聴き比べ)

カテゴリ
個人的お奨め度*
★   こんなもん?
★★  悪くないね
★★★ 最高です!
☆   +0.5
お友達ブログ
kokotonPAPAカウンター
unique-access