B.A.ツィンマーマン の「ある若き詩人のためのレクイエム」を聴く

2015年8月23日に大野和士 指揮、都響で日本初演されるのを前に、ちょっと古臭くて厄介で思い入れのある この曲を聴きなおしてみましょう。^^;

当日のインプレはこちら
http:// 2015年8月23日 ツィンマーマン ある若き詩人のためのレクイム

ドイツの現代音楽家 ベルント・アロイス・ツィンマーマン(Bernd Alois Zimmermann, 1918/3/20 - 1970/8/10) ですね。ダルムシュタットではシュトックハウゼン、ノーノ、ブーレーズの一つ前の年代で新古典主義からセリエルをベースとしていますが、前衛の時代の後期から引用を多用した難解度の高い楽風に変化します。引用(ここまで来るとコラージュ) を代表するこの曲、当時の前衛というよりもポストモダン。それは欧州エクスペリメンタリズムを先取りのだったのでしょうか、それとも前衛の衰退の時代に入り、それそのものだったのか…
最後は自殺で幕を閉じています。その辺りやシュトックハウゼンとの確執はググって下さい。

この「ある若き詩人のためのレクイエム」Requiem für einen jungen Dichter(Requiem for a Young Poet) [1969年] は「兵士たち」と並ぶ ツィンマーマンの代表作にして晩年の作品ですね。vnとvaがオケに居ない、ジャズコンボが居る、4ヶ所の合唱団 等々 とんでもない変則超大編成(200人以上?)で、'70年代ならともかく 今の日本でコンサートとは思いませんでした。ドイツでは時折取り上げられている様で エトヴェシュ(Eötvös)なんかも振っていますね。

主役は埋め尽くされる言葉です。従ってその内容を理解する事が必要です。多出混乱する言語種は いずれ理解不能?、なのでしょうが最低限は必須ですね。実はそこに本質がありそうなのですが…
まずProlog〜Requiem1, 2〜Ricercarの前半39分は、空間を埋め尽くす長音電子ノイズにテープとヴォイスの混沌。それをベースに、声部を強調し、ヒトラー等の歴史的肉声テープにインパクトを与え、時に大合唱であり、即興性のフリージャズであり、ソプラノ&バリトンになり、クラスターも出し、そして音と声とテープ音による洪水ポリフォニーに向かいます。
引用は唐突で、ヘイ・ジュードは旋律ではなくビートルズの演奏テープ(Gielen盤. Bertini盤)です。いくらテープとは言え、本家とは驚きですよね。ベートーベンの第9の引用にもヘイ・ジュードは絡みます。なぜヘイ・ジュードと第9なのか…考えると面白いのですが、割愛w

言葉を主体とした渦巻くウネリの世界は、当時の音楽的、政治的、学術的、な時代背景を網羅している様で、ツィンマーマンの意図と構築を少しでも知り・感じながらでないと浸る事が出来ないかもしれません。個々の技術に特殊性がある訳ではなく現代音楽としては古い作品ですが、時代の混沌を代表する作品でしょうね。
個人的には学生運動時代のアジテーションと怒号を思い出します。

Xenakisの Persepolis[1971年] は同じ様な年代で同じ様な演奏時間のテープ音楽ですが、こちらは渦巻くノイズの集合、かたや言葉の集合、同じ混沌ですが表情は違います。前衛の衰退期の一つのテーマ、その時代の流れを感じます。
横道にそれるのもなんですが、Miles DavisがBitches Brewで一気に方向転換を図ったのも1970年ですね。

興味深いのは冒頭のヴィトゲンシュタイン。Wittgensteinの後期『哲学探究』の「言語ゲーム(英/Language-game, 独/Sprachspiel)」世界は物ではなく、言葉で成り立っている。というあれですw ならば埋め尽くされる言葉で この曲も世界も 成り立つと言う事 ?!
「"Jedes Wort hat eine Bedeutung. Diese Bedeutung ist dem Wort zugeordnet. Sie ist der Gegenstand, für welchen das Wort steht." 全ての単語は意味を持つ。その意味とは単語に関連する。それは、その単語が表している対象に基づいているのだ。」
なつかしいですねぇ。

大編成オケの特殊配置 + テープ・電子音楽 は部屋でヴォリュームを上げてCDを聴いても本当の音場はわかりません。コンサートが楽しみです。当日は日本語字幕が付くとあります。(多重多言語の表現がどうなるか? 視覚が脳を占拠しないか? 危険な香りがしますがw)

試しにYouTubeで聴いてみる?
下記ベルティーニのCDその物です!


所有の一枚は、ガリ・ベルティーニ指揮, WDR Sinfonieorchester Köln による演奏です。
これには100ページ以上のライナーノートが付き、5"刻みのタイムスケジュールに対する演奏パターンと、全詞(テープ・語り)が載っています。これを見れば十分な気がします。右はギーレン盤です。こちらのギーレン指揮, SWR Baden-Baden and Freiburg SO の方がメリハリがより強く好みですが、ブックレットはベルティーニ盤にかないません。
ツィンマーマン ある若き詩人のためのレクイエム Bernd Alois Zimmerman: Requiem Für Einen Jungen Dichter




ツィンマーマンは前衛の時代の波に飲込まれてしまったわけですが、今の時代なら つまらない前衛の制約に惑う事無かった様な気もします。
あの頃は現代音楽だけでなく 何か命題が提示されて、その正否を討議し雌雄を決すると言う流れが時代のベースにありましたね。選択は余地を残さない決着です。
そんな記憶も あっという間に今は昔です…

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

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