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前衛演出が光る バイロイト音楽祭2019 ワーグナー 楽劇「タンホイザー」を NHKプレミアムシアターで

今や恒例となったNHKでバイロイト、今回は楽劇「タンホイザー」の新演出です。

タンホイザーと言うと、ドレスデン版かパリ(ウィーン)版かと言うのも気になりますが、今やバイロイトは前衛演出ですから、今回のトビアス・クラッツァーは何を仕込んでくるかそれも楽しみです。(ベースはウィーン版でした)
そしてもう一つの注目は、ゲルギエフのバイロイト初登場ですね。



(第一幕です。その後もありますね)


演出
クラッツァーの演出は、女神ヴェーヌスが棲むヴェーヌスベルクを移動サーカス団として、その中のピエロをタンホイザーとして設定しています。そしてヴァルトブルクでは舞台裏までも表現に入れてバイロイト音楽祭そのものを表しています。大画面映像(PM)も駆使して表現に抜かりありません。

注目に値する変則設定もありましたね。ヴェーヌスが「愛の本質」を問うヴァルトブルクの歌合戦に紛れ込む、第三幕冒頭シーンではエリーザベトがヴェーヌスベルクに と言う本来あり得ない設定でした。愛の本質を対比させたのでしょうか?!

最も驚きなのはアリア「夕星の歌」の前、帰りを待つエリーザベトと慕うヴォルフラムの驚きの愛のシーンですね。そしてラストも救済はなく、二人のシーンを上手く捻っていました。これぞ前衛のバイロイト音楽祭です!!


舞台・衣装
序曲はサーカス団のムービー(PM)を導入部にしていますね。そしてヴァルトブルクの舞台設定はバイロイトの風景も現れ、抽象的な舞台設定もあります。

衣装もそうですが、舞台も現代設定と当時(と思われる)設定の混用ですね。また舞台裏白黒映像(PM)と生舞台の二重表示もあります。統一性に欠ける感はありますが、変則な演出には合っていたかもしれません。


配役
タイトルロールのグールトですが、バイロイト2015年のトリスタンは個人的には今ひとつに感じました。ここでも歌唱はヘルデンテノールらしい高音の伸びなのですが、何か釈然としないのは個人的な好みの問題でしょうか。ただ第三幕の演技は素晴らしかったです。他男性陣の印象はあまり強くありませんでした。

女性陣。ヴェーヌスのツィトコーワは役柄がサーカスの女主人なので愛欲のヴィーナスとは程遠く、タンホイザーの流れに合っているとは思いづらいです。mezも色気はありません。
エリーザベトのダヴィドセンは伸びやかなsopが素晴らしかったですね。演技や表現は強めです。どちらかと言うと少々鬱的な印象があるのですが。(固定概念でしょうかw)


音楽
ゲルギエフのバイロイトですねぇ。もうちょっと揺さぶるのかと思いましたが、舞台があると演奏はよほど突飛なパートでもない限り目立つものではありませんね。(演出の評価結果と同期する気もします)


興味深かったのは本来全く異なる世界であるヴェーヌスベルクとヴァルトブルクを混ぜた同時出現でしょう。欲望的と精神的の「愛の本質」を直接対比させる驚きの設定です。期待に違わぬ前衛演出の"タンホイザー"でしたね。

ヴェーヌスベルクが三人のサーカス団と言うコンパクトな世界で、愛と官能の象徴とする印象が薄いのは残念でした。でも、それを補ってあまりある前衛的な展開で ラスト救済も何か感動的でした。



<出 演>
 ・タンホイザー:ステファン・グールド [Stephen Gould]
 ・エリーザベト(領主のめい):リーゼ・ダヴィドセン [Lise Davidsen]
 ・ヴェーヌス(ヴェーヌスベルクの快楽の女神ヴィーナス):エレナ・ツィトコーワ [Elena Zhidkova]
 ・ヘルマン(テューリンゲンの領主):ステファン・ミリング [Stephen Milling]
 ・ヴォルフラム(歌手である騎士):マルクス・アイヒェ [Markus Eiche]
 ・ヴァルター(歌手である騎士):ダニエル・ベーレ [Daniel Behle]
 ・ビテロルフ(歌手である騎士):カイ・シュティーファーマン [Kay Stiefermann]
 ・ハインリヒ(歌手である騎士):ホルヘ・ロドリゲス・ノルトン [Jorge Rodriguez-Norton]
 ・ラインマル(歌手である騎士):ヴィルヘルム・シュヴィングハンマー [Wilhelm Schwinghammer]
 ・牧童:カタリーナ・コンラーディ [Katharina Konradi]

<合 唱> バイロイト祝祭合唱団
<管弦楽> バイロイト祝祭管弦楽団
<指 揮> ワレリー・ゲルギエフ [Valery Gergiev]
<演 出> トビアス・クラッツァー [Tobias Kratzer]
<美術・衣装> ライナー・ゼルマイア
<照 明> ラインハルト・トラウプ
<映 像> マヌエル・ブラオン


収録:2019年7月25日 バイロイト祝祭劇場(ドイツ)


テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽





素晴らしい2枚の『ブルックナー 交響曲 第九番』:アンドリス・ネルソンス(2018年) と ミヒャエル・ギーレン(2013年)


ブルックナー 交響曲 第9番
来週9月4日の都響定期#885「ブルックナー9番」を前に所有未インプレの盤2枚、A.ネルソンスと今年3月亡くなったM.ギーレンで予習をしておきましょう。

個人的なブルックナー9の流れ確認w (レーヴェ版以外)
第一楽章:提示部(三主題)に対して、展開部(第一主題)+再現部(第二第三主題)の構築といった流れで、第一主題第七動機がポイントなのはもちろんです。
第二楽章:特徴的な重厚さの主要主題を目立たせて、中間部を走らせる事ですね。ここでも細かく組合される動機が気になります。
第三楽章:構成が判りづらく、提示部 - (G.P.) - その変奏部 - (G.P.) - コーダとして聴いています。「生との訣別」での対比は必須で、ラストの尻切れとんぼ感は避けて欲しいです。


さて二人のタクトはどうでしょう。そして大野和士さんが振る都響は?!





アンドリス・ネルソンス
(Andris Nelsons)
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
2018/12



第一楽章
第一主題導入部の動機からスローで緩いディナーミクで緊張感を与えて、第七動機で激しい山場を迎えます。第二主題は優しく美しく心穏やかです。その流れに乗って第三主題のobが現れ、上げていきながら山場を作ります。王道の提示部ですね。
展開部の主題変奏もクセはなく表情付けがされ、第七動機は激しいですね。再現部は第二・三主題を哀愁と優しさのコントラストを変奏し山場へ、コーダはラストの見事さです。


第二楽章
弾ける様な第一動機から一気に激しい第二動機へ。基本は刺激的でコントラストが見事ですね。トリオは軽く弾みながら走り、主要主題との対比が上手いです。ここでも王道的で締まりの良い流れです。


第三楽章
提示部第一主題の入りは大きく、「生との訣別」では見事な山場を作り上げます。これぞブル9のイメージでしょうか。第二主題は穏やかな陰に落としながら表情ある緩徐を作り、コントラストが良いですね。ゲネラルパウゼの後の変奏部はトリスタンを大きく再現して、その後も彫りの深い流れですね。各動機の回帰もクセは見せません。コーダは緊張感ある静を作って、最後は穏やかに終息します。



締まりの良い王道のブルックナー9ですね。メリハリも良く、クセはなく、誰でも安心・満足感のある一枚になっているでしょう。

ヴァントの様な始終低重心ではありませんが、この曲に欠かせない緊張と重厚を持っていますね。






ミヒャエル・ギーレン
(Michael Gielen)
バーデンバーデン・フライブルク南西ドイツ放送交響楽団
2013/12/20



第一楽章
第一主題群はテンポをやや遅めにとって緊張感を高め、第七動機を炸裂させます。計算通りと言ったアゴーギクです。第二主題は美しい動機に揺さぶる様な間をもたせます。スローベースのこの辺りはギーレンらしさでしょうか。第三主題のobはスローに入り、山場を作ります。展開部は第一主題の変奏を色濃く力感で奏でますね。再現部も主題を微妙な揺さぶりをかけ変奏しながら、山場へと向かいます。コーダは第一主題の動機を緊迫感で組合せ盛上げます。
ギーレンらしいタメ(アゴーギク)を効かせた第一楽章でしょうね。


第二楽章
主要主題の強烈な動機は重厚パワープレイです。若干スローで重戦車風、続くobの動機も優美ですが緊迫感が勝っています。トリオは約束通りに軽快ですが、ここも緊張感を湛えて来ます。軸足は重厚・緊迫感に感じます。


第三楽章
冒頭のトリスタン和声は重厚に、続く「生への決別」は派手派手しく広げて見事な対比を作ります。第二主題はスロー緩やかに鎮めて影のある緩徐パートを作ります。ゲネラルパウゼの後の変奏部はスロー基調に各主題を重厚に並べ、緊迫感漲り見事です。再びゲネラルパウゼ後のコーダはスローに間をとって、ゆっくりと鎮めて納めます。上手い構成ですね。



ギーレンらしい微妙なアゴーギクで、重厚で緊迫感のあるブルックナー9になっていますね。ややスローの設定もぴったりと来ています。隙のないギーレン、聴き応え十分のオススメです

引退一年前の演奏ですね。ちなみに同年のマーラー6は世界最遅演奏でしたが、ここではそこまで極端ではありません。





王道のネルソンス、個性際立つギーレン、どちらもオススメのブルックナー9が楽しめます。

大野和士さんは、きっとメリハリと迫力の演奏になるでしょう…と 勝手に推測しますが。


テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽





アルディッティ・クァルテットで聴く シェーンベルクの現代音楽変遷:弦楽四重奏曲第1-4番『Streichquartette I-IV』


アルノルト・シェーンベルク
(Arnold Schönberg, 1874/9/13 - 1951/7/13)
今更のシェーンベルクですが、本アルバムの四つの弦楽四重奏曲はシェーンベルクの音楽変遷に沿っているので興味深いですね。

 ■後期ロマン派時代の第一番(1905年)
 ■無調への足掛かりの第二番(1907-1908年)
 ■十二音技法確立後の第三番(1927)
 ■米亡命後調性回帰の第四番(1936年)

そのままシェーンベルクの音楽変遷です。ちなみに第五番は未完成、第三・四番には調性表記がなくなっていますね。十二音技法以降の音楽理論的なトータル・セリエリズムは弟子であるヴェーベルンに引き継がれる訳ですが、この四曲での推移が興味深いです。

結局、シェーンベルクは無調・十二音技法という前衛現代音楽を切り開きながら主流となるセリエルには乗らずに、調性回帰したわけですが。



弦楽四重奏曲第1-4番
再発盤になりますね。1990年代のアルディッティ(Arditti Quartet)のバリバリ時代の録音というのも嬉しいです。実は四曲ともに楽章構成は四楽章で、そこにもシェーンベルクのセリエル理論偏重に沈まなかったスタンスを感じます。

四曲で約2時間20分と長いですが、十分楽しめると思います。






弦楽四重奏曲第1番 ニ短調 op.7 (1905年)
テンポの速い美しい後期ロマン派の弦楽四重奏で、"浄夜(Verklärte Nacht)"の進化系とも感じられる流れです。ここでもパッセージには調性の薄い独特の浮遊感があり、より進化していますね。"ニ短調"と調性は振られていますが、既にそこからの離脱を志向している感じです。強い対位法展開とアルディッティらしい刺さる様な尖った弦楽も冴えています。

実は当時シェーンベルク擁護派だったマーラーはこの曲の初演に立ち会っていますね。そして同時期に交響曲第七番を作っています。このあたりからマーラーの楽曲も複雑な調性を見せる様になっているのも興味深いですね。そういう時代だったのでしょう。



弦楽四重奏曲第2番 嬰ヘ短調 op.10 (1907-1908年)
後半に無調となる注目のこの曲のみsopのドーン・アップショウ(Dawn Upshaw)が入ります。
始めは第1番の様な短調系の調性旋律(主題・動機)がホモフォニーに、そして強い対位的な動機の絡みとなっています。刺激的で、アルディッティの演奏もそれに応える演奏です。途中から明らかに不協和音を超える調性の不明な旋律が現れて来て、第三楽章から入るsopは明らかに弦楽奏とは異なる調性感(多調/多転調?)を強く感じます。調性を基本としながら、そこから乖離(複雑化?)していく楽章変化が感じられますね。sopは最終楽章で弱いながらシュプレッヒゲザングの方向性を見せています。この二作品後(op.12)がかの「月に憑かれたピエロ」ですね。

 ★試しにYouTubeで観てみる?
  演奏はThe Hausmann Quartet、sopはAnn Mossです。
  本CDに比べると、揺さぶり強めで切れ味はほどほど、sopの個性弱めです。




弦楽四重奏曲第3番 op.30 (1927年)
どこまで十二音技法なのか聴いてもわかりませんねw
それまでの曲に比べると明らかに変化して、無調点描的な事は一聴でわかります。ただ、それが厳密な十二音技法となっているかは聴いただけではわかりません。
また、少なくとも進化系セリエルの無表情さはなく、そのヴェーベルンに比べると曲調変化があります。そしてアルディッティの演奏が聴かせてくれるので刺激的ですね。このあたりからシェーンベルクが組みしなかったセリエルとの別れ道となっているのかもしれません。



弦楽四重奏曲第4番 op.37 (1936年)
刺激的な流れはそれまでと変わりません。ただ第2・3番に比べると調性感の強い旋律構成となって回帰色が濃いですね。新古典主義風です。アルディッティの刺激あるボウイングがいっそう感じさせているのかもしれません。




後期ロマン派 - 無調/十二音技法 - 新古典主義、と言ったシェーベルクの変遷が楽しめます。それがアルディッティ4の刺激的なスパイスで音楽としてもキレキレの味わいとなっているのも見逃せませんね。

アルディッティでシェーンベルクと20世紀前半のクラシックが味わえる超おすすめの一枚です。

現代音楽的には、前衛エクスペリメンタリズムは十二音技法からセリエルに舵をとり、ポスト・セリエル以降停滞して現在の多様性・インスタレーションの世界になっていますね。



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フランス人現代音楽家マルク・モネ(Marc Monnet) の『Patatras/Chant/Rigodon/Les Tenebres』


マルク・モネ
(Marc Monnet, 1947/3/11 - )
パリ生まれのフランス人現代音楽家です。フランスからドイツ・ケルンへ移りマウリツィオ・カーゲルに師事していますね。1970年代から作品を発表している様ですが 主たる作曲活動は1980年代からで、2003年からはモンテカルロで"Festival du Printemps"も運営していました。
フランスでの現代音楽活動(IRCAM・等)が薄いフランス人現代音楽家というのも面白いですね。年代的には、10代の頃にトータル・セリエルがピークを迎えています。師事したのも前衛先端とは言い難いカーゲルです。


Patatras/Chant/Rigodon/Les Tenebres
このアルバムは再発で、オリジナルは1986年にリリースされています。現代音楽としては古い時代の室内楽集ですね。年代的には前衛停滞後、先が見えない時代です。
演奏はアンサンブル2E2M(ensemble 2E2M), 指揮ポール・メファノ(Paul Méfano), 二曲目チェロ・ソロはアラン・ムニエ(Alain Meunier)になります。






Patatras! (1984年) for clarinet, bassoon, 2 violas, 2 cellos & 2 contrabasses
八重奏曲ですね。無調混沌ですが、旋律は存在してホモフォニーになっていますからトータル・セリエルからの進化ポスト・セリエルではありません。低音弦楽器の織りなす音と木管楽器のDialogue的コントラストが面白いですね。没個性かもしれませんが、個人的には好きかもしれません。


Chant (1984年) for cello
"Patatras!"のチェロだけを抜き出した様な感じです。それでも動物の呻きの様な音色は同年代のS.シャリーノを思い浮かべます。特殊奏法が無いのも面白いですね。


Rigodon (1985年) for quartet
管楽器の音色の交錯音を生かした楽曲ですね。ここでも動物の鳴き声の共鳴の様なサウンドがあって興味深いですね。面白いのはそれまでの旋律感が無くなり、音の組み合わせ的な流れになっている事でしょう。このアルバムの中では個性が光ります

 ★試しにYouTubeで聴いてみる?


Les Ténèbres De Marc Monnet (1985年) for string quartet
二つのパートに別れています。ここでは再び旋律が存在して来ます。弦楽ならではの緊張感は復活していますが、"Rigodon"の方が楽器の個性を生かした音の構成感で楽しませてくれる気がしますね。



セリエルを源流とはしない1980年代の現代音楽です。類型を感じて凡百的な風合いですが、この時代から生まれたポスト・セリエルの流れだと思います。特殊奏法を抜いたラッヘンマン(意味ある?w)やシャリーノの派生的と言ったらわかっていただけるでしょうか。



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『MUSICA VIVA 33』で聴く 独現代音楽家 ペーター・ルジツカ | 暗く緊張感ある調性回帰の流れ


ペーター・ルジツカ
(Peter Ruzicka, 1948/7/3 - )
指揮者としても活躍するドイツの現代音楽家ペーテル・ルツィカ(とも読まれる)ですね。読響との客演もある様で、 A.ペッテション作品の指揮など思い起こしますね。
作曲はハンブルク音楽院で習い、ハンス・ヴェルナー・ヘンツェに師事していますね。室内楽や管弦楽の他にもオペラ作品も残しています。以前聴いた記憶では少しペッテションに似た楽風を感じましたね。現代音楽ですが、前衛系要素は低いです。


MUSICA VIVA 33
「MUSICA VIVA」については ▶️ こちら

ルジツカの管弦楽集になりますね。年代は20世紀後半から2017年と幅広く、作風変化が楽しめそうです。年代順になっていないのが少々残念ですが。

演奏はもちろん本人指揮で、バイエルン放送響(Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks)です。






LOOP (2017) for trumpet (flugelhorn), piccolo trumpet and orchestra
最も近作で、三種のトランペット協奏曲でしょう。小刻みなtp系のソロと重心の低いオケとの対比になっています。主題と変奏、そしてホモフォニーな展開が主になり、重厚で暗い響きが支配します。強弱出し入れは強く、心穏やかなパートはありません。基本的な調性がスコアに振ってあるかは不明ですが、調性感の強い流れです。
tpはセルゲイ・ナカリャコフ(Sergei Nakariakov)です。


… INSELN, RANDLOS… (1994/1995) for violin, chamber choir and orchestra
上記の22-3年前の作品です。基本的な印象は大きくは変わりませんが、暗く緊張感漂う旋律を中心に、無音静音の空間が存在しているのが異なるポイントでしょう。その分張り詰めた緊張感が暗さを凌ぐ流れを作っていますね。そして旋律は明確な無調中心、ポリフォニー的です。声楽はヴォーカリーズ的、後半のクラスター炸裂も面白いです。個人的にはこちらの方が好みですね。

 ★試しにYouTubeで聴いてみる?


FÜNF BRUCHSTÜCKE (1984–1987) for orchestra
最も古い作品で一曲目の30年前になります。"五つの断章"で五部構成ですが、クラスターや調性の強弱をパートで振り分けていて習作的印象です。まだ独特な陰鬱感に欠けますね。


FLUCHT (2014) Six passages for Orchestra
これも近作で、機能和声旋律を強く感じます。それでも、一つ前の古い習作風に比べると洗練された印象が強く残りますね。ここでもパートを6つに分けていますが、区切れ目はなく流れの阻害感はありません。当然一曲目LOOPに近く、調性回帰の"多様性"の現代音楽という括りにも入るかもしれませんね。



前衛の破片が見える1990年代作品から、より調性回帰的な21世紀作品へ。元々旋律が存在する作品で、暗い緊張感が支配する流れは変わりません。

やはりアラン・ペッテションの印象を感じるのは同じでした。壮絶な陰湿の作品をまた聴いてみたくなりました。



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ミャンマー民族音楽と米現代音楽の出会い『Bang on a Can Meets Kyaw Kyaw Naing』


チョー・チョー・ナイン
(Kyaw Kyaw Naing, 1964 - )
このblogでは大のご贔屓 米現代音楽組織Bang on a Can(以下BOAC)、その室内楽団Bang on a Can All Stars(以下BOAC-AS)については、既に十分に紹介済みです。ここではチョ・チョ・ナインとBOACの関係について紹介しておきましょう。

ミャンマーの民族音楽家のナインは、同民族楽器であるパット・ワイン(pat waing)やサイン・ワイン(saing waing)のプレイヤーでもあります。ナインと米国音楽との接点は1999年のUCLAでの体験から始まっている様です。ミャンマー民族音楽を米国で広げる為に活動しはじめたナインは、その後BOAC-ASメンバーであるE.ジポリンから声をかけられて、BOACとの共演が始まります。

2001年にはBOAC恒例のマラソン、そして2002年にはBOAC All Starsと共演していますね。2003年にはN.Y.でミャンマー民族音楽をダンサーも混じえて演奏して評価を受けています。以降 米現代音楽とのコラボやミャンマー音楽を展開し、N.Y.在住で活躍の様ですね。


Bang on a Can Meets Kyaw Kyaw Naing
2002年BOAC-ASと共演した本アルバムは、N.Y.タイムズからも好評を得ていますね。
楽曲はチョー・チョー・ナイン他ミャンマー音楽家の作品も入っていますが、経歴等の詳細は不明です。演奏にもBOAC-ASとナイン(pat waing 他)以外にミャンマー音楽家が民族楽器(si wa)で参加しています。ミャンマー色の強いBOACのアルバムですね。

2012年にBOAC-ASを退団した創設メンバー, エヴァン・ジポリン(Evan Ziporyn)の音楽指向性を色濃く反映している感じがします。






長くても8'に満たない全9曲を個別インプレする必要はないでしょうね。
東南アジア特有の民族和声の穏やかなメロディラインとリズム、それをBOAC-ASの西洋楽器とミャンマー民族楽器のコラボで奏される音楽です。展開はテンポアップやリズムの明確化で一昔前で言うフュージョン(ジャズ)系にもなり、チック・コリア(Return to Forever)などを思い浮かべます。アレンジャーのC.J.Millerの方向性もあるのかもしれませんね。
一曲目「Hsaing Kyaik De Maung」や「Improvisation」はそんな流れの代表で、特にナインの曲は西洋音楽との接点を意識して作られている感じがします。反復などは米現代音楽の方向性を感じますね。逆に「Ka Pya Chi」などは民族和声を強く感じます。その一方で「Japan Patsan」などは中華和声(よくある勘違いの日本?)で、ミャンマー人でも東洋和声の混乱がある事を伺わせる曲もありますね。

 ★試しにYouTubeで観てみる?
  "Kyi Nu Bwe" の2004年Live映像です。より抑揚が強くなっていますね。




一言で言って"Bang on a Canの民族和声音楽"です。何の違和感もありませんね。BOACの持つ一つの顔そのものと言った感じです。民族音楽指向という米現代音楽の楽しい一面ですね。



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『MUSICA VIVA 29』で聴く 英現代音楽家 ハリソン・バートウィッスル、「マンチェスター楽派」の音楽


ハリソン・バートウィッスル
(Harrison Birtwistle, 1934/7/15 - )
英現代音楽ムーブメント「マンチェスター楽派」の1人ですね。英現代音楽界で、技巧性やポリテンポ等を取り入れた無調ベースの音楽です。とは言え、トータル・セリエルには方向性を合わせなかったので旋律や反復、そして調性感と言った聴きやすやは存在していますね。


MUSICA VIVA 29
先ずは「MUSICA VIVA」シリーズについてですが、以前ご案内しています。 ▶️ こちら

そのMusica Vivaから第29集はまるまる一枚、欧州前衛現代音楽としては少々異なる印象が強いバートウィッスルですね。協奏曲と管弦楽になります。

演奏は、ステファン・アスバリー(Stefan Asbury)指揮、バイエルン放送交響楽団(Bavarian RSO)、一曲目のpfはピエール=ロラン・エマール(Pierre-Laurent Aimard) です。






Responses. Sweet Disorder (2014) for piano and orchestra
30'弱の一楽章形式ピアノ協奏曲です。無調で明確な(心地よい)主題は存在しませんが、前衛・実験音楽ではありません。構成は旋律感があり調性音楽風です。pfとオケの関係は明らかに協奏的で、協調関係にあります。エマールらしい明確なpfの音もマッチしている感じです。主たる印象はハイテンポの緊迫感・緊張感で、それと無調の流れで前衛風に聴かせていると思いますね。
流れの変化は薄いですが、コンサートの前半で取り上げても盛り上るのではないでしょうか。

 ★試しにYouTubeで観てみる?
  世界初演(本CD)の練習シーンと本人のコメント入りです (演奏はもちろん同メンバーです)



Gawain's Journey (1991) for orchestra
作曲年代は大きく異なりますが、曲調は類似性が高いですね。こちらの方がより調性を感じる旋律感が強く、前衛の色合いが薄いです。強音の緊張感が占めるのは同じですね。
ドン・シャン的派手さが何処と無くヴァレーズを思い浮かべます。そんな感じです。




無調の衣で前衛を気取ってはいますが、基本はコンベンショナル。楽風変化は薄く緊迫感一本調子。と言ったら悪い印象に聞こえるかもしれません。でも、今の時代らしいクラシック音楽になるのかもしれませんね。

二曲目は20世紀の "前衛の停滞" 後作品なので、より調性回帰的な流れを感じますね。



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