お手軽ウィスキー 和の「富士山麓」, スコッチ「バランタイン FINEST」 を飲む

普段はインプレしないお安いお手軽なウィスキーのお話ですw 約1k以下の価格帯と言う事になりますね。ウィスキーを飲んでみようかなぁ、と言う皆さんにも良いですね。個人的には4Lペットボトルのウィスキーは気分的に腰が引けますw

富士山麓 by Kirin
ウィスキー 富士山麓

香りはカラメルの様なアロマッティック、alc.50%とは思えないまろやかさの味わい。通常飲みの価格帯としては十分ですね。600ccと若干少なめですが、alc度数から行けばバランスでしょう。この価格帯ですとカラメル添加等々あるでしょうが、別に文句はありませんw


バランタイン Finest by Suntory
Ballantines_Finest-by-Suntory.jpg

バランタインを飲むなら、せめて12yo 出来ればMASTER'Sより上でしょうけども、今回のコンセプト?! から行けば、これです。
味の作りは富士山麓よりも添加物の少ない風合いです。個人的にはこちらの方が好み。でもストレートよりも水割りやソーダ割りの方が楽しいでしょうね。

両者共に この価格帯らしいグレーンの穀類の強さを感じますけど仕方ない事でしょう。飲む楽しみ、ほろ酔い気分の楽しみには問題ありません!!


テーマ : お酒
ジャンル : グルメ

トリスタン・ミュライユ Murail の gondwana, desintegrations, time and again を聴く

このblogではお馴染みのスペクトル楽派を代表する一人、フランスの現代音楽家トリスタン・ミュライユ(Tristan Murail, 1947/3/11 - ) は グリゼーに比べると聴き易い作風に感じますね。
ジャチント・シェルシやブーレーズ IRCAMからの影響や展開は今更言わずもがなでしょう。このアルバムには代表作のゴンドワナが入っていますね。

gondwana, désintégrations, time and again / Tristan Murail

このアルバムは1980年以降、ミュライユがIRCAMへの参加で音響解析を進め始めた時代以降の管弦楽作品集になります。
スペクトル解析に関しては「グリゼー:音響空間(Les Espaces Acoustiques)」のページで紹介しています。

Gondwana (1980年) for orchestra
 鐘の音を音響解析したこの手法は、この21年前に黛敏郎がNHK電子音楽スタジオを使って同じ手法(カンパノロジー・エフェクト)を試み 涅槃交響曲を作っている事は知られていますね。
もちろん鐘の音をスペクトル解析で単音に分解して楽曲を作っているので、鐘の音が聴こえるわけではありません。当然ですが黛敏郎さんよりも空間音響系なので、それらしい気配が感じるのかもしれません。音的には静的ドローンな空間音響が支配しますが、中盤以降でアゴーギクとディナーミクが現れ山場を作ります。それでも 今となると平板な感じは否めないかもしれません。

Désintégrations (1983年) for 17 instruments and computer-generated tape
 楽器の響きとその音響合成を合わせた初めての作品です。17の楽器と 事前にコンピューターが音響合成(IRCAMが対応)したテープとの音楽です。
ゴンドワナに比べるとドローンだけでなく表情が強く現れている感じで、各楽器の一音の響きを強調する様な音並びです。もちろん特殊奏法でも即興的でもありませんし、ましてや微分音のわけもありません。テープもノイズ系ではありません。途中からキラキラとした音を交えたり拍子変化を付けたりと, 陰影を強く表現した 今の時代にも繋がる空間音響系音楽ですね。
 ★試しにYouTubeで聴いてみる?

Time and again (1986年) for orchestra
 バーミンガム響の為に書かれた曲です。よりメリハリが強くなりトゥティというかクラスターというか、処々で衝撃音が現れます。ドローン的な要素は影を潜めて出し入れの強い音色です。このパターンでの進化が、以降の時代の作品にも反映されて行きますね。

ミュライユが空間音響系の音楽を発展させた時代の管弦楽曲で、今の時代の現代音楽の源流の一つである事が良くわかりますね。3曲の音楽の変遷だけでも後半になるにつれて今らしさが強くなるのがわかります。
現在では、これに特殊奏法や視覚への展開を含めたインスタレーション系のコンプレックスな流れが主流ですが。



テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

マグヌス・リンドベルイ Magnus Lindberg の Feria, Corrente II, Arena を聴く

ピアニストとしても知られるフィンランドの現代音楽家マグヌス・リンドベルイ(Magnus Lindberg 1958/6/27 - ) は北欧の音楽家としては珍しい欧エクスペリメンタリズム系ですね。後年はその範疇から逃れています。
シベリウス・アカデミーでE.ラウタヴァーラやP.ヘイニネンに師事した後、ヨーロッパへ渡りダルムシュタットでB.ファーニホウに、パリではG.グリゼーにも習っています。またブーレーズやミュライユの影響もあります。

同じ様に北欧にありながら欧エクスペリメンタリズムのサーリアホやサロネンと"Ears Open Society"で協調関係にありました。意味深な名前ですね。グリゼー、ミュライユと言った名前から見える様にサーリアホと同じく元はスペクトル楽派の傾向があるのは間違いないでしょう。

Feria, Corrente II, Arena / Magnus Lindberg


本アルバムは1990年代の管弦楽作品集で、上記前衛系の電子音楽の影響から抜けた時代になりますね。作曲にはコンピュータを使って複雑な対位法を採用している様です。そして三曲共に委嘱作品になります。

Feria (1995-97年)
 影響を受けていると言われるストラヴィンスキーを強烈に感じます。濃淡の強い機能和声でスリリングな展開です。ストラヴィンスキーのバレエ曲と言われたら、どのシーン?!かな、といった風です。面白く、好きですが取り立てた技術的印象はありませんね。

Corrente II (1991-92年)
 コンピューターによる作曲で管弦楽作品を作る様になった魁けの作品で、室内楽曲のCorrenteを管弦楽曲にしています。機能和声に近い管弦楽曲ですが明確な主題はありません。動機的な旋律が変奏と反復で走り、重厚でディナーミクの陰影が強い流れです。刺激の強さ、その辺りはM.リンドベルイの個性でしょう。
 ★試しにYouTubeで聴いてみる?

Arena (1994年)
 Corrente II の延長上にある様な楽曲です。各楽器が入り組んで交差しますが、動機的旋律が存在してポリフォニーではなく対位法的でしょう。不安感をもたらす様な音の組み立てと刺激はそのままで、ディナーミクを抑えて より先鋭になっている感じですね。

サラステ(Jukka-Pekka Saraste)指揮、Finnish RSOによる切れ味のある演奏です。

空間音響といった前衛現代音楽ではありません。明瞭な主題や馴染みの良いメロディは存在しない、刺激的で渦巻く様な、クラスター傾向の今の時代のクラシックと言った様相です。それはそれで悪くありませんね。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

黛敏郎 の 涅槃交響曲 を聴きなおしてみましょう

今更これを掘り起こして聴き直すのは、一昨日NHKプレミアムシアターで放映された黛敏郎「金閣寺」を観たからですね。
言うまでもない日本を代表する現代音楽家 黛敏郎(1929/2/20 - 1997/4/10)さんの代表作です。正直に言うと、今ひとつ興味の沸かないと言うのが本音でした。聴き直したらどう感じるでしょう。
実験音楽の展開や右翼の話等々、割愛です。

Nirvana Symphony / TOSHIRO MAYUZUMI

涅槃交響曲 (1958年)
  第1楽章 - カンパノロジー I
  第2楽章 - 首楞厳神咒
  第3楽章 - カンパノロジー II
  第4楽章 - 摩訶梵
  第5楽章 - カンパノロジー III
  第6楽章 - 終曲(一心敬礼)

1958年と言えば前衛現代音楽の全盛期です。カンパノロジーとは音、この場合は鐘、をスペクトル分析して単音に分解した上で演奏する技術ですね。(鐘の音を再現するわけではありません) 後に欧エキスペリメンタリズムでスペクトル楽派と呼ばれる事になるのですが。(代表作:Tristan Murail/Gondwana)
空間音響系の音楽です。カンパノロジーは技術的には前衛で 調性もないでしょうが、ロングトーンの背景に短い旋律が各楽器により絡む展開は居心地の悪さを感じません。処々でクラスター的に発展していきます。
3つのカンパノロジーの後には、それぞれ声明(聲明:しょうみょう)の様な読経曲が切れ目なく繋がります。読経と合唱の和声は"和"から後半は"洋"、管弦は単音的やリズムで背景を飾りますが格別なものは感じられません。後半へ行くとカンパノロジーと一体化します。
カンパノロジーと読経合唱の流れは繋がって最後は合体? その二つの合体和声に何が? 結局そこと、合唱の読経自体が本来の寺院の聲明の特異な迫力と比べて今ひとつで良さが伝わりません。仏教宗教曲と現代音楽を上回る、または新しい何が待っていたのでしょうか。
当時の欧州前衛では作曲者の持っている背景、数学とか各国音楽和声とか、を重視していた事もあるのかもしれませんが、残念ながら素人駄耳にはその感性が無かった様です。

個人的に、どうも読経(聲明)と西洋現代音楽(非機能和声)を結合する事に拒絶感を拭えないだけかもしれませんが…
もちろん そこに興味のわく世界が出現すれば話は別なのでしょう。


このアルバムには後半に「薬師悔過(やくしけか)」という法相宗大本山 薬師寺の聲明が入っていますが、この和声の方が遥かに陶酔性を感じますね。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

黛敏郎の 歌劇「金閣寺」三島由紀夫 原作 をNHKプレミアムシアターで観る

三島由紀夫の名作「金閣寺」を、ドイツ・オペラ劇場総監督ルドルフ・ゼルナー委嘱により日本を代表する現代音楽家 黛敏郎(1929/2/20 - 1997/4/10)が全3幕のオペラに仕立てた作品ですね。脚本は同劇場のクラウス・H・ヘンネベルクで、1976年にベルリン・ドイツ・オペラで初演されました。

神奈川県民ホール開館40周年記念で上演される事は、現代音楽ファンでは話題になりましたね。都合悪く行けなかったので、放送をとても楽しみにしていました。CDは所有しているのですが初見です。新制作になりますね。ドイツ語上演しか許可されていないそうで、日本語字幕です。
オペラ 金閣寺 黛敏郎 NHKプレミアムシアター

音楽
陰鬱荘厳、出し入れの強い展開です。前衛でも殊更の"和"でもありません。荒っぽく言えば現代音楽レクイエム風な音と声楽の印象です。全編"陰"で明るさの欠片もありません。
代表作の涅槃交響曲(1958年)と同じ読経での表現や、ヴァレーズ風大音響クラスターといった黛敏郎氏の音楽はそのまま表されて、それらを反復とクレシェンドで緊張感を高めます。歌唱は所謂(いわゆる)アリア風な明確な主題の絶唱はなく、調性の薄い陰的旋律での構成です。

演出
金閣寺を焼く決意から、それを辿るストーリーで舞台には堂々と金閣が存在します。圧倒する金閣の印象をそのまま表しているのでしょうね。最後は炎上シーンです。
根底を流れるエロティシズムは表現されていて、母親の浮気シーンで父が溝口の目を覆うシーンも状況は異なりますが再現されますね。南禅寺で将校に出すお茶に…のシーンも。

舞台・衣装
金閣寺自体が存在しながら、シーンにより隠すために暗黒ステージを作ります。この心象的なストーリーにはぴったりですね。
衣装は時代に合致した"和"で詰襟学生服と法衣と着物、舞台と共にアヴァンギャルドさは皆無です。ズラはもう少しちゃんとした方が良かったようなw

配役
溝口役の小森輝彦さんの語りに近い歌は葛藤を表して良かったですね。声は父親役の黒田博さんが伸びのいいバリトンでした。柏木役の鈴木准さんのテノールも例によって良かったです。そう言えば、黒田さんと鈴木さんは宮本亜門演出「魔笛」のパパゲーノとタミーノでしたね。
時折、溝口の顔がアジテーションをしている三島由紀夫に似ている気がします。三島の声は、こんなに荒っぽくないですが。
柏木は少々不良っぽすぎかな。鶴川は陰湿すぎ?

全体
主人公が原作の吃音障害から手の障害へとなっているのはオペラという事からでしょうが、オペラとして見る分には違和感はありませんでした。
音楽だけではわからないシーンが見通せるのはやっぱり映像、素晴らしいですね。娼婦を踏み付けるシーンや遊郭へ行くシーン等は音楽だけでは薄い印象ですから。
ハイライトは「認識と行為」柏木とのシーンから決意へ向かうシーンでしょう。心の葛藤を並べて見せ、見抜かれるまで。迫力がありました。
でも残念ながら若い頃に三島由紀夫の小説を読みふけ、豊饒の海連載完結後の自殺を高校時代に体験した人間にとって小説のイメージが強すぎて『金閣寺』として見られないというのが正直なところです。

<出 演>
 溝口 : 小森輝彦
 父 : 黒田 博
 母 : 飯田みち代
 若い男(母の浮気相手) : 高田正人
 道詮和尚 : 三戸大久
 鶴川 : 与那城 敬
 女(南禅寺、生花師匠) : 吉原圭子
 柏木 : 鈴木 准
 娼婦 : 谷口睦美
 有為子 : 嘉目真木子

<合 唱> 東京オペラシンガーズ
<合唱指揮> 安部克彦
<管弦楽> 神奈川フィルハーモニー管弦楽団
<指 揮> 下野竜也

<装 置> 幹子 S.マックアダムス
<衣 装> 半田悦子
<照 明> 沢田祐二
<演 出> 田尾下 哲


収録: 2015年12月5日 神奈川県民ホール 大ホール

『金閣寺』は三島由紀夫を題材にした米映画「MISHIMA」の中で使われ、フィリップ・グラスが音楽担当しています。これは以前紹介していますが、日本非公開で殆どの日本人が知らないと言う不思議な作品です。
(総監督F.コッポラ、G.ルーカス。脚本/監督ポール・シュレイダー、ナレーターはロイ・シャイダー、主演は緒形拳)


テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

カティア・ブニアティシヴィリの カレイドスコープ Kaleidoscope / アリス=紗良・オット と スティーヴン・オズボーン と「展覧会の絵」 の聴き比べ

カティア・ブニアティシヴィリ(Khatia Buniatishvili, b.1987/6/21) の ニューアルバム「Kaleidoscope」が出ました。前作のMotherlandは、NHKで放送されたアルバムへの思い「森の中のピアノ・コンサート」がとても印象深かったので予約購入してみました。
ブニアティシヴィリはコンサートでは今ひとつの感があったのですが、あの放送で "なるほど!" と感じましたね。

アリス=紗良・オット(Alice Sara Ott, b.1988/8/1) も2013年に「Pictures」のアルバムを出しているので、聴き比べしてみる事にしました。
同世代、まだ20代の二人は日本のコンサートでもお馴染みですけど、演奏も体格も気配も異なりますね。さて、タイトルは異なりますが両者 ムソルグスキー「展覧会の絵」です。聴き比べたらどんな感じでしょう。

そう言えばスティーブン・オズボーン(Steven Osborne, b.1971)も2013年に出していましたね。今や中堅どころで人気・実力共に評価の定まったオズボーン、脂の乗り切った45歳は彼女達よりちょっと上の年代。一緒に聴き比べてみますね。

Kaleidoscope / Khatia Buniatishvili


 緩やかでエモーショナルな展覧会の絵ですね。入りのプロムナードは優しさで包まれる様な演奏です。この曲の中で印象的なffパートを持つグノームサムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ も切れ味に対する緩やかさの対比が明確で、激しさよりも優しさのパートが際立ちます。バーバ・ヤーガは流石にハードさを見せてくれますね。
プロムナードもエモーショナルさが強く、特に#4は素晴らしいです。#5はやや揺る過ぎかもしれませんが。
古城は優しさや愛おしさが全体に流れる様なタッチでブニアティシヴィリらしさ全開です。思わず涙が浮かびそうになるくらいの情感です。卵の殻をつけた雛の踊り は特徴的で仏印象派の様な気配が漂いますし、リモージュの市場 のハイテンポの表情も楽しいです。
そしてリモージュの市場 以降はアタッカで繋がり、ムソルグスキーの指示通りの演奏ですね。(当然各プロムナード後もアタッカです)
ラストのキエフの大門は、出し入れの強い曲の印象を最大限に表して、強音パートと弱音パートの二面をとても明確に弾きます。ラストの強音パートは優しさ感じます。それこそがブニアティシヴィリの神髄かもしれません。


Pictures / Alice Sara Ott


 硬質シャープ・激情の展覧会の絵ですね。入りのプロムナードからディナーミクを振って切れ味を主張しています。緩急の出し入れが強くグノームサムエル・ゴールデンベルクとシュムイレバーバ・ヤーガはキレキレです。特にバーバ・ヤガーはアゴーギク、ディナーミクを強烈に振って来ます。ちょっとゾクッと来ますね。
途中に挟まるプロムナードの表情は基本シャープで次の曲に繋げます。古城などはエモーショナルに弾きますし、卵の殻をつけた雛の踊り も表情豊かです。でも その芯にあるのは切れ味でしょうね。もちろん、アタッカでの繋がり演奏パートはムソルグスキー指示通りですね。
ラストのキエフの大門は将に全体を表現する様に華やかに弾き、締めくくります。
プロムナードは#5の切れ味が好きなのですが、まさにピッタリの迫力と切れ味です。


Pictures from An Exhibition, Visions fugitives / Steven Osborne


テンポの揺さぶりと弾ける様な展覧会の絵です。グノームカタコンベバーバ・ヤーガは思い切り揺さぶりを掛けて来ますね。陰影を強く演奏するのはオズボーンらしさでしょうね。このパターンを全面に押し出してくれたら良かった気がします。特にカタコンベから#6プロムナード変奏(Cum mortuis in lingua mortua)の展開は魅力的です。
一つのポイントである古城は、最後まで静的に淡々と無表情を装い、逆にビドロは強音から弱音への変化ですが やはり表情は薄いです。ラストを締めるキエフの大門 ではバーバ・ヤガーからの繋がりに期待したのですが、面白い展開は処々にあっても 揺さぶりを広げた手堅さの範疇を感じました。


小ホールでピアノの細やかな音を最大限に生かすブニアティシヴィリ。大ホール・コンチェルト向きで、ピアノに対峙的なオット。おおよそ対極にいる両者ですが、それぞれ特徴的で素晴らしいです!!
ブニアティシヴィリの包まれる様な優しさ、オットの力感溢れる情熱。両方とも持っていて良かったと思う聴き比べでした。
一方 通好みのオズボーン、技巧的で一つ一つの音切れの良さは素晴らしいのですが 通ではない素人なので今ひとつ印象が薄いです。プロコフィエフについても同様に感じますね。


[P.S]
ブニアティシヴィリのアルバムには「ラ・ヴァルス」が入っていますが、これが素晴らしいです。アゴーギク、ディナーミクを生かして彼女らしい優しさが生きています。アルゲリッチはじめ名演が並ぶわけですが、これは侮れないかと。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

じょっぱり 善鬼(ぜんき) を飲む

日差しが春めいて来ましたね。梅の花も咲き始めました。雪も緩み始めてスノーボードのシーズンも春の雪らしさを感じます。

じょっぱり 善鬼 純米吟醸 生酛(きもと)
 青森県 弘前市 六花酒造
 じょっぱり 善鬼 生酛

封切りでは、甘口ながら強い酸味と米の旨味、色は黄身が強いです。そう聞くと昔からのお酒の印象ですが、クドさはなく食事の邪魔をする様な事はありませんね。しばらくすると甘みが引き、強い酸味が適度に静まって純米吟醸らしいスッキリ感が出てきます。食中酒よし、飲んでよしのお酒ですね。

この独特の酸味は生酛(きもと)にあるようですね。今更ですが、酒母である"酛(もと)"を作る昔ながらの生酛とは何か、ラベルに書いてありますね。
ちなみに山廃*(酛)は生酛の後に考案された酒母作り方法、そして普通は速醸酛をつかって時間をかけません。(日本酒製造の三段階:1. 麹=製麹(せいきく), 2. 酛=酒母, 3. 造り=醪(もろみ) の中段階ですね)

*これまた今更ですが、生酛から蒸米と麹のかたまりをすりおろす「山卸し」を廃したので山廃ですね。手間は減りますが時間は同じ様にかかります。

テーマ : 日本酒
ジャンル : グルメ

2016年2月12日 カンブルラン/読響 の マーラー交響曲第7番「夜の歌」at サントリーホール ★☆

少し暖かくなりましたでしょうかねぇ、立春を過ぎてから。今日の六本木一丁目も真冬の寒さではなかったですね。
サントリーホール 20160212_SuntoryHall.jpg

マーラー第七番のコンサートは、'14年3月23日のシャイーと手兵のゲヴァントハウス管が手の内にした素晴らしい演奏以来です。国内オケとしては期待値の大きいセット、シルヴァン・カンブルランと読響がどう聴かせてくれるのか楽しみでした。
結果はマーラー第7番らしくないマーラー第7番?!

◇ マーラー:交響曲 第7番「(通称)夜の歌」
第一楽章は、この楽章でしか使われない小型チューバの様なテノールホルン、その主題が象徴的なのですが、前半にある調性の弱い展開に焦点を当てた為か不安定さが強いです。でも後半からフィニッシュにかけては流麗で華々しい素晴らしい展開でした。結果的にこの楽章が一番良かったです。
一つ目の「夜の歌(Nachtmusik I)」第二楽章と第三楽章スケルツォは消化不良気味。独特で微妙なテンポ変化は不安定さと違和感を拭えません。そうなると二楽章の入りのホルン二人の破綻も余計に気になってしまいます。
ギターとマンドリンの音色が主役の第四楽章「夜の歌(Nachtmusik II)」は室内楽的な流れも出てましたが、ここでも違和感を感じました。もう一つの主役はホルン、これはもっと鳴らしてもいいですよね。
最終楽章は物議ある華燭な展開なのですが、この楽章で感じた大きな流れと細かい流れ両者のアゴーギクの振りがこの楽曲全体に仕込まれているようです。それが不安定感の元でしょう。
聴き慣れたはずのパートが馴染みません。ラストは物の見事に決めてくれましたが...

明らかに主張する何かを感じた演奏でした。カンブルランの狙いは何だったのでしょう。
変化球は球すじを見極められて楽しめますが、魔球を投げられたらお手上げです。慣れれば変化球かもしれませんが。

(レコーディングしていたようなので球すじが見極められるかもw)

休憩前の曲、個人的には時間調整分でNachtmusikからみ、とってつけた様なアイネ・クライネ・ナハトムジークは必要なかった気がします。それだったらカンブルランは仏本国やEUでは現代音楽の指揮で著名ですから、現代曲を取り上げて欲しかった処です。(賛同者は少ないでしょうがw)


テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

シャリーノ Salvatore Sciarrino の Infinito Nero / Le Voci Sottovetro を聴く

このBlogではお馴染みのサルヴァトーレ・シャリーノ(Salvatore Sciarrino, 1947/4/4 - )です。現代音楽のビッグネームでもあり紹介は割愛です。シャリーノやラッヘンマンといった処はもはや最先端ではありませんが、20世紀の現代音楽から21世紀への橋渡しとしての立ち位置は明確でしょう。好きですね。

声楽を含む楽曲と、詩の朗読のこのアルバム。曲構成を見た時には良くわかりませんでした。ラストのInfinito Neroはシャリーノの曲ですが、それ以外はシャリーノと古い音楽家、そして詩人の名前になります。

シャリーノ以外の二人を調べると次の様になります。
カルロ・ジェズアルド(Carlo Gesualdo, 1561-1613):ルネッサンス後期の作曲家。調性崩壊の音楽として再評価されているようです。
 シャリーノはジェズアルドの殺人事件を扱ったオペラ「Lucie mie traditrici 裏切った光 (1998年)」を本CDの「Le voci sttovetro」の一年前に作っていますね。
トルクァート・タッソ(Torquato Tasso, 1544-1595):同時期の叙事詩人。
上記ジェズアルドの殺人事件(1590年)を題材に詩を書いていますが、本CDの「Lettere poetiche(1583-1586)」はそれ以前の作品ですね。1579-1586年の間は精神に異常を来して病院に入っていたので、その間の作品と言う事になります。

全8曲ですが、メインは一曲! 組合せを整理してインプレしましょう。演奏はensemble rechercheです。

Le voci sttovetro (1999年):1, 3, 5, 7 / Salvatore Sciarrino・Carlo Gesualdo(原曲)
 古典アンサンブルですが、#3と#7は声楽曲でメゾソプラノ[mez]のソニア・トゥルケッタ(Sonia Turchetta)が入ります。とても短い散文詩のようですが、独訳はあっても英訳がありません。
基本ルネッサンス曲調そのものです。えッ、ん…??的w この4曲の繋ぎに次の詩の朗読が入りますね。

Lettere poetiche [1583-1586年]:2, 4, 6 / Torquato Tasso(詩)
 イタリア人哲学者カルロ・シーニ(Carlo Sini) によるタッソの詩の朗読です。詩?は三人に宛てた手紙になっています。英訳を見ると、自分の病や体調、相手の手紙を無くしたとか、薬 といった内容で、恐怖や痛み・苦悩についても記述されいます。シーニはまさに手紙を読む様に語ります。これは内容がわからないとどうしようもありませんから英訳がついているのでしょう。

Infinito Nero (1998年): 8 / Salvatore Sciarrino
 ここで初めてシャリーノの音楽が登場します。雨垂れの様な特殊奏法の小さな音が静寂の中に現れます。そしてため息。静音の中に早口のmezヴォイスが表出します。アンサンブルは音数の少ない単音的な出現です。静けさの中に出現する音・声、まさにシャリーノです。
これも詩の英訳無しです。Maria Maddalena のTextをベースにしてシャリーノが作っているそうで、神と悪魔の区別の付かない様な特殊なものだと言っています。独訳をみると処々に"無言"とか"スタンドの横でとまる"とか表現指定もしてあります。アンサンブル&一人劇?! シャリーノはオペラの様なものだと言っています。(詩の内容が知りたい!!)
これはシャリーノらしさが現れて面白いです。
 ★試しにYouTubeで観てみる?
  映像付きの演奏です。ステージの様子が良くわかります。


もちろんメインは、全体の半分くらいの時間を占める8曲目 Infinito Nero です。その前全てはイントロ。と考えると一番楽ですが…
残念ながら その関係性が良くわかりません。殺人・精神異常・狂気と言った接点、ルネッサンス音楽・古典詩とシャリーノの世界の対比なのでしょうか。でも Infinito Nero は面白い!!


テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

エヴァン・ジポリン Evan Ziporyn の Shadow Bang / Bang On A Can All-stars を聴く

エヴァン・ジポリン(Evan Ziporyn, 1959/12/14 - ) は何と言ってもBang On A Can(BOAC)での活動が印象的な、好きな米現代音楽家?!の一人です。不思議な事に仏グリゼーGerard Griseyにも師事していますね。(グリゼーは米UC Berkeleyで1982-1986の間だけ作曲理論の教鞭をとっていました)

かのBOACマラソンコンサート(1987年)にクラリネットで参加、1992年には Bang on a Can All-stars の創設に携わり、2012年まで在籍して演奏・作曲で活躍していました。
また Steve Reich and Musicians(Steve Reich Ensemble) のメンバーでもありました。バスクラやサックスの演奏者としての活躍も素晴らしいですね。
米国現代音楽ポストミニマルの作風基本はポップ。Jazz 系フュージョンであり、ミニマルであり、民族音楽和声の取り込みあり、編曲や委託作品での活動も多いですね。

民族音楽は特にバリのガムランに傾倒が強く、このアルバムもその方向性です。

Shadow Bang (2001年)
 バリの影絵芝居ワヤンの物語、SangutとDelam兄弟の冒険話、をベースに作られている様です。
楽曲としては#2, #5, #7が10分以上です。
1. Head I
 スピード感のあるフュージョン系音楽です。テーマであり、この後も顔を出します。
2. Head 2/Scene 1
 歩く様なリズム、elec-Guitarの刻む音色やチェロの小刻みな音が定拍からの変化を感じさせますね。I Wayan Wijaによる兄弟二人の語りは英語です。
3. Angkat
 クラリネットの旋律が美しい調性曲です。
4. Ocean
 抑揚や曲調変化のないelec-Guitar他の小さな音が作る静寂幻想風景です。
5. Meditasi/Pesta Raksasa
 バリ風の歌が冒頭入りますが、演奏は打楽器がバリ風な以外はミニマルですね。静的な美しさで、ここでもelec-Guitarが良い気配を作っています。緩くクレッシェンドがかかって、中盤からリズム変化し 1.Headの主題、リズミカルなサックスの主旋律のフュージョンに戻ります。
6. Frogs (Written by – I Wayan Wija)
 Pak Wija による短いVoice performance で、森の音だそうです。
7. Forest/Tari Subali/Quiet Battle/Loud Battle/Priest's Curse
 チェロと歌いによる民族音楽から始まって、その和声とリズムを残しながら徐々に西洋音楽和声を強くして行きます。定拍的で即興的、そして表情豊かな音はポストミニマル感が強いですね。後半は会話を挟んでの反復の強い演奏が現れてクラスター的に変化します。物語の戦いの終盤です。ラストは定拍パルス&ミニマル的です。
8. Tabuh Gari
 フュージョン感の強い中に歌が入ります。西洋和声演奏にバリ和声の歌なのですが、不思議に合い違和感がありません。ジポリンの狙ったラインでしょうね。ラストは1.Headの音に戻って終了します。

 ★試しにYouTubeで観てみる?
  3.Angkat, 4.Ocean, 5. Meditasi/Pesta Raksasa が入ってます

ちなみに BOACのアルバムBig Beautiful Dark and ScaryにもYouTubeと同じ3曲が入っていましたのでライヴ用の組曲の様ですね。

演奏は当然Bang On A Can All-starsで、まさにジポリンのサウンドと合わせてポップな楽しさでいっぱいです。その実、中身はバリ音楽と西洋音楽の融合が見事に成されている感じです。
単なるポップさとは違う米現代音楽の一つの流れですね。
ちょっとWeather Reportを思い出します。



テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

プロフィール

kokotonPAPA

Author:kokotonPAPA


ものずき、おっさん じいさん、わがままきまま、すきほうだい、しななきゃなおらない.

 kokotonPAPAのブログ  ホームページtop  メールtop



1.このblogで言う現代音楽

2.マーラー交響曲第5番 160CD
 (名盤・珍盤 聴き比べ)

カテゴリ
個人的お奨め度*
★   こんなもん?
★★  悪くないね
★★★ 最高です!
☆   +0.5
お友達ブログ
kokotonPAPAカウンター
unique-access