マーカス・デュ・ソートイの「シンメトリーの地図帳」を読む

マーカス・デュ・ソートイ シンメトリーの地図帳対称性は小学生くらいで、点対称とか線対称とか習うわけですが、ここではシンメトリーとして図形の頂点や線の位置を置き換える変換で話が始まりますね。そのパターンがいくつあるかで、抽象代数学の群論のお話です。
前半は著者デュ・ソートイ(Marcus du Sautoy)自身のシンメトリーにまつわる話、前作「素数の音楽」ではリーマン予想をめぐる数学者たちでした、そして後半は群論の展開の話になります。


面白いのは後半の群論の展開の話ですね。こんなに群論のイメージが頭に広がるのは実に楽しいです。

普通、群論を始めると群の定義(結合法則、単位元、逆元)やケイリーの表による証明で、何ができるのかがわからないまま混沌の世界に突入するですが、この本の方がおぼろげであろうと全体像のイメージがわかります。

シンメトリーの変換(群)から表現を記号による数式化(記号論理学)、有限平面による幾何学化、そして多次元方程式の解への親和性と群論の見晴らしを概念でたどる事ができるのが何より素晴らしいです。

そして最後はシンメトリーが作り出すモンスターとモジュラー関数、そして紐理論へと、超巨大数が示す関連性がうかがえるのはワクワクしますね。



ゆっくりと読み進めながら、抽象代数学の世界を覗き見るのに実にピッタリの本ですね。
ただし前作同様で数学的な具体内容はありません。これは専門書でないことに価値があるわけです。

それを知りたい人がこの本をチョイスすることはないでしょうがw

 

これよりもちょっと数学方向なら、マーク・ロナン著「シンメトリーとモンスター」がオススメですね。


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「素数の音楽」マーカス・デュ・ソートイ を読む


素数の音楽 マーカス・デュ・ソートイなんとも面白く面倒くさい魅力的なこの本素数の音楽(The Music of the Primes) は1965年生まれの数学者 Marcus du Sautoy によって書かれ、世界各国でベストセラーになりました。



基本的には"素数"を基とした近現代の数学(者)の変遷、特に「リーマン予想」の証明をベースにしています。また音楽は比喩であって、その関連において描かれているわけではありません。

ポイントは、リーマン予想の『複素平面上ゼーター関数の東1/2の複素軸上に発生するゼロ点(素数)の風景』に舵をきっていてる事でしょうか。
素数を求める絶対方程式の様な数理解析方向よりも、素数の持つ性格を上記関数グラフ上のゼロ点=素数を眺める変遷で生き生きと表現しています。

当然ですが数学的には端折られて、例えば複素平面上ゼーター関数の西側(実数マイナス側)は簡単には出来ない事など、内容は記述されていませんし「フェルマーの最終定理」等 数学的な具体的内容は調べ直すしかありません。

「リーマン予想」のベルンハルト・リーマンはリーマンショックとは関係ありませんw 知られているのは「リーマン積分」で積分面積を代用する短冊の話。高校の数学で習いましたよね? 個人的には複素解析につながる「写像」や「リーマン面」の方が馴染みがあります。当時は「四元数」「テンソル積(空間)」「群論」といった方向性でしたからねぇ。

表題にある「音楽」には具体的には直結しないのですが、一部パートでは指数関数に複素数を導入することによってサインカーブが得られる事(オイラーの公式)から音楽の数学的な成立が書かれています。残念なのは個人的におなじみだったフーリエ(変換)がほぼパスされている事でしょう。
もっとも「素数の本質?が奏でる音楽を聴く」というのが主旨・ポイントなので、深入りしないんでしょうね。
音響解析から例えば現代音楽やCDが作られるのは以前、このブログの現代音楽・空間音響でも紹介済みです。



古く稚拙な数学感から言えば、数論から抽象代数学、そしてそれを包括する現代数学への楽しい道のりでしょうか。ラストも方向性は見せつつ線型代数学や群・環・多元環・体 (論)には触れられていませんが…
それでも本当に楽しめました。超おすすめですね。^^v

 


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写真集:矢部志朗さんの「北の国のシマリス」

北海道で活躍されている自然写真家の矢部志朗さんの一番新しい写真集です。

北の国のシマリス / 矢部志朗



表情豊かで可愛いシマリスの様子が、いろいろなシーン・視線で表現されています。枚数も充実の内容です。
北海道の四季(冬は冬眠w)とシマリス、本当に美しく可愛いですね。
プレゼントや、小さなお子さんと見るにもお勧めです。^^v

P.S.:アマゾンのページでサンプル写真が見られます
   (amazonでのカスタマーレビューも高評価ですね)


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スーパームーン at 調布

我家から見えるスーパームーン。
普通に撮っても面白くないので、雲を入れてトリミング。
って、これじゃ普通の月と変わらん…か

20140909supermoon_at_chofu02.jpg

 ↑ クリックすると大っきくなります

夜と夕暮れの境

日曜日の帰りの飛行機が大幅に遅れたので、狙いが撮れたりして。^^ゞ
最近は、電波を発しないモード(航空機モード)にして電源を切っておけば、上空で写真が撮れますね。そこで夕暮れの空と地上の夜景を撮ってみました。左隅は富士山ですね。
こういうのも楽しいですよね。

kuusatsu-yuugure.jpg


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クラーク & バクスター の "過ぎ去りし日々の光"

アーサー・C・クラークとスティーブン・バクスターの共著。バクスターはクラークのファンだった。
題名から内容を予測出来る気もするが、展開に含まれる技術的な内容にも引きずり込まれる。バッキーボール炭素60、カシミール効果、ホイーラーの不安定性、等々の分子量子力学関係。
要はワームホールに絡むのだが、その手の理論もストーリー展開には一足飛びに省略されて未来世界の技術に到達する。当然だが。

しかしそんな事は手段に過ぎない。それがSFのいいところだ。
"過ぎ去りし日々の光"、わかってもらえるだろうか。ワームホールは距離と光速の壁を突き破って違う場所へ繋がる話。距離を時間側に変換させれば過去の時間を見る事が出来る。タイムマシーンではない。行けないが見られる。と言う展開になっている。
現実の宇宙でも、太陽の光は8分18秒で地球に届く。今見ている太陽は8分18秒前と言う事。アンドロメダ星雲なら約250万年前の姿と言う事になる。

過去の全てを個々人全てで、インターネットの様に自由に覗き見る事が出来る様になったら。全ての過去が勝手に暴かれる様になったら。個人も、偉人も偉業も全てが曝されたら。そして近い将来、巨大彗星が衝突の軌道を進んでいて避けられないとしたら。

人類は、結合者(ジョインド)という新しい集合意識体に連なる若者達を生んだ。それはジョインド全ての知識を共有している。それは新たな人類の進歩か。

話が大きすぎて上下二巻では、展開の飛躍が大きく残念だ。もう少しジョインドの展開に絞って欲しかった。人類のこの先、人類とは。それが読みたい。

映画化を前提とした様な業界やキャラクターの設定は好きになれないなぁ。






アーサー・C・クラークの「3001年終局への旅」

発刊を知って以来、長らく読まなければと思いながら数多の時間が経過してしまった本作をやっと読んだ。
もちろん「2001年宇宙の旅」の続作オデッセイ四部作の最終巻だ。費やされた時間30年。壮大な作品群だ。今更ながらで失礼。

2001年宇宙の旅で宇宙に放り出されたフランク・プールの発見からこの話は始まる。2010年宇宙の旅で木星は第二の太陽ルシファーとなり、2061年宇宙の旅でその衛星エウロパがモノリスによって立ち入り禁止の生命育成の地となる。そしてプールは1,000年の時を越えて蘇生した。

そして、この話の中で中心をなすモノリスが、生命の進化に介入して来た事は、既存の事実。

エウロパで新しい実験を開始したモノリスに対し、上位指示が入る。それは太陽系生命体にとって危険を知らせる信号だった。モノリスに取り込まれていたHALとボーマンからプールが得たその事実の断片と、とられた作戦は.......。

........略........

そして、本作「3001年終局への旅」ではモノリスの消滅で終結する、モノリスの中にエミュレータとして存在していたボーマンとHALはチップの中に回収され永久凍結された。

エピローグに残された二行の言葉が全てだ。
..........神さえも幼い..........最後の日々、我々がもどったとき......。(詳細文は略)

この単文の中の、そのまたポイントなるこの言葉の意味は。

素晴らしい作品だ。生命に偶然はあり得ない。ただ単にカンビブリア期のアノマノカリス等の奇妙な生命体が滅亡したのも、人類の歴史を遥かに凌ぐ長きを生きた恐竜が一瞬のうちに滅亡したのも、偶然ではないと本当に思う。全ては必然。この宇宙には絶対に目的があるのだから。

PS:本当に残念なのは、この続編が出ない事。クラーク本人が2008年に亡くなっている。本稿出筆時にクラークは80歳を越えていたので、その可能性を時間的に無理としていた。多分構想は有ったに違いない。《合掌》
本シリーズをアーサー・C・クラーク生存のリアルタイムで味わえた事は替えがたい喜びだ。





ハイラインの「夏への扉」

ロバート・A・ハイラインの「夏への扉」と言えばSFの傑作の一つ。
それを今頃読むと言うのも自分でも凄い。読んでなかった。しかし、なぜ読んでいなかったか、悪い予感が的中の作品だった。

これが傑作と呼ばれたのは海外から。海外ではSFと言うとやはりスペクタクル系が人気。これも冷凍睡眠とタイムマシーンで30年を行き来するネタ。
冷凍睡眠では、未来に目覚める事は出来ても過去には戻れない。そこをタイムマシーンを使って戻る。展開は起業した仲間から裏切られて.....というありふれた話。

こういうのは日本じゃぁあまりもてはやされない。どちらかというとネヴィル・シュート「渚にて」とかアーサー・C・クラーク「幼年期の終わり」と言った情感系作品が好まれる。後者は海外での評価は高くない。
当然ながらkokotonPAPAもこの二作は好きだ。

後はSFにフォームを借りた、人間や宇宙の真理・存在意義を描く作品群がkokotonPAPAにとって最も好きなジャンル。これは日本人作家のSFに多いのが嬉しい。

しかし、今回読んだのが旧訳だったので、日本語がへんじゃん ヾ^^


ポール・ギャリコの「猫語の教科書」

タイプライターで打たれた猫の為の猫の本。と言う設定だ。まるで暗号の様だが、猫の手がミスタッチするから その癖を見ればすぐわかると言うのも面白い。
我が家では娘、kokotonMAMA、と続いて廻って来た。そう、女性用の読み物だね。
猫が人間の家を乗っ取るにはどうしたらいいか、を猫に伝えるのだ。要は人間は愚かだから、猫に支配される事で幸せを感じる。感じさせてやれば良いのだ。って書いてある。確かに、当たらずとは言え遠からず。
優雅で可愛いのが猫の本性で、それをフルに発揮すればよい。そしてターゲットはバカな男。(笑)
読むとなるほど、なんて思ったりもするポイントがいいね。もしかしたら、この素振りは作戦か?なんて。

でも内容的には人間観察記。でもそう読んだら面白くも、身も蓋もない。心温まる本に読もう。一日二日で読めるから、それも楽しい。




ブライアン・W・オールディズ の "地球の長い午後"

"失われた時を求めて" (プルースト) は、やっぱり読み疲れ。一息と言うか楽な本に走る自分が情けないが。^^ゞ
Brian Wilson Aldiss "The Long Afternoon of Earth" この作品ヒューゴー賞受賞作品.....か.....、ヒューゴー賞といえば権威のあるSF賞だ。
そしてJ・G・バラードと並ぶイギリスSF界の大物作家。

しかし最後の15ページだけが読みたかった展開だった。恒星太陽の終焉とそれに伴う地球の終焉を前にした生命体の進化と退化。それが何を選択するのか。
テーマは良いのだがファンタジー系の展開には終始ついて行けなかった。科学的なアプローチが極端に薄い。普遍的真理の取り上げがない。もちろん背後にはあるのだろうが文面に伝わらない。この作品が1961年に書かれているとなると、その地球物理学の変化や惑星探索の事実変化を考えると、創造性とストーリー構築は素晴らしいのだろうが。
一言でこの本の実感を言うなら映画のアバターだ。




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