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インゴ・メッツマッハーで聴く『英雄の生涯:R.シュトラウス | アメリカ:E.ヴァレーズ』& 『アメリカ』はミヒャエル・ギーレンと聴き比べ


インゴ・メッツマッハー (Ingo Metzmacher)
ベルリン・ドイツ交響楽団 (Deutsches Symphonie-Orchester Berlin)
新日フィルの"Conductor in Residence"(2013-2015)も務めて日本でも人気のドイツ人指揮者メッツマッハーですね。その最後のコンサートも行ってきましたが、演目はR.シュトラウスとE.ヴァレーズでした。メッツマッハーが得意としていたのは間違いなく、これは首席指揮者を務めた(2007-2012年)ベルリン・ドイツ交響楽団との録音です。

実は今週末(2018-12/15)のジョナサン・ノット/東響のコンサートがこの組合せなので、予習も兼ねてのインプレですね。







リヒャルト・シュトラウス
(Richard Strauss, 1864-1949)
言わずと知れたR.シュトラウス最後の交響詩ですね。個人的にも好きな後期ロマン派の一曲で、全6パートがアタッカで繋がっています。メッツマッハーは極少数派の第1稿を使っていますのでフィニッシュの盛り上げは無く、その前の静かな終焉になりますね。そこがポイントだったのですが。
「カラヤンのCDx3録音とシュトラウス本人のCDで聴き比べ」をインプレ済みです ➡️ こちら

英雄の生涯, Ein Heldenleben (1898年)
 緩やか優美なテーマ[1.英雄]から入り、嘲笑する敵と沈む心をコントラストを付けた[2. 英雄の敵]、vnの伴侶とオケの英雄が優美に語る緩徐の[3. 英雄の伴侶]はとても表情が豊かで素晴らしいですね。
敵や戦闘シーンを抑え気味にして落ち着きのある[4. 英雄の戦場]、[5. 英雄の業績]も後半の静的な美しさから最後の最終パートへ繋げています。この流れがメッツマッハーの意図した構成なのでしょう。最後[6. 英雄の隠遁と完成]も同じ構成で緩やかで心穏やかな流れを作って死を迎えます。看取るvn音色に心が動かされました。
"英雄"の勇ましさや勇敢さよりも心の表現を重視した流れで、人間としての英雄を描いた新しい"英雄の生涯"像です。




エドガー・ヴァレーズ
(Edgard Varèse, 1883-1965)
1915年にフランスから米国に渡ったヴァレーズはその初期作品を一曲のみ残して廃棄していますね。その後の第一作目がストラヴィンスキーの影響を感じるこの"アメリカ"になります。その後はクラスターを中心に空間音響や電子音楽を作り出して現代音楽の流れの一つを築き上げている現代音楽家ですね。
「ブーレーズCDx2録音とシャイーで"ヴァレーズ作品集"の聴き比べ」をしています ➡️ こちら

アメリカ, Amériques (1920年)
 静的パートに重心を置いている様に感じます。強音はもちろん炸裂的で華やかですが、静音の煌めきと落ち着いたスローな流れはストラヴィンスキー感は薄めです。新世界の派手な喧騒クラスターやサイレンは強調された感が薄く、蠢く陰の側にスポットを当てた様に感じますね。




新日フィル最後のコンサートでもそうでしたが、際立たせる迫力よりも感情表現を感じますね。"英雄の生涯"では、自己を見つめる様な流れに新しさを感じて共感できました。この流れですと第1稿がとても合っていますね。
"アメリカ"でも新世界大都市的な派手さよりも、そこに潜むものを表現しているかの様です。ただ、こちらはヴァレーズらしさが薄まっている感は否めません。

今更ですが、メッツマッハー/新日フィル 最後のコンサートは、これを聴いてから行くべきだった気がします。







ギーレン:アメリカ

ミヒャエル・ギーレンと首席指揮者(1986-1999年)を務めたバーデン=バーデン・フライブルクSWR交響楽団のアメリカを聴き比べてみましょう。



初めの静音パートからテンポがあって明瞭さが強いです。挟まれる等拍パルスも印象的で、現れるクラスターはパルス的で力強さ漲ります。攻撃的で静音パートも彫りが深く先鋭、全体に厚めで緊迫感ある構成、ラストの躍動・混沌も見事です。これぞヴァレーズの響!!
(強音軸足のこの盤か、静的パートに透明感をみせるSony盤ブーレーズがおすすめですね)




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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

ストラヴィンスキーの『春の祭典』をグスターボ・ヒメノ と ワレリー・ペトレンコ で聴いてみましょう


春の祭典 (The Rite of Spring, Le sacre du printemps)
イーゴリ・ストラヴィンスキー (Igor Stravinsky, 1882-1971)
言わずと知れた曲紹介不要のストラヴィンスキー『春祭』ですが、オケ版は "クルレンツィス、ロト、シャイーで聴き比べ" 以来になりますね。今回も近年の発売から二枚、G.ヒメノとV.ペトレンコです。
コンサートの予習として、12/10(月) A.ギルバート/都響 第868回を前に聴き比べてみようと思います。




グスターボ・ヒメノ (Gustavo Gimeno)
ルクセンブルク・フィルハーモニー管弦楽団
2015年から音楽監督を務めるルクセンブルク・フィル(Orchestre Philharmonique du Luxembourg)との演奏ですね。




第一部"序奏"はライトでシンプルさを感じてバレエ曲らしさで始まります。続く"乙女達の踊り"でも落ち着いた流れを作っていますが、煌びやかさも持ち合わせますね。"春の輪舞"も色合いは深いですが、極端な揺さぶりは避けています。第二部の"序奏"もシンプルで調性の薄さを生かした妖しげな流れを作ります。"乙女の神秘的な踊り"もその流れで続き静的ですね。ラスト"生贄の踊り"も多少色付けは強くなりますが、基本的には安定度が高く変拍子も然程強調感がありません。

全体としては華やかをもたせながらバレエ曲としての完成度が高い感じですね。ディナーミクは付けますが、アゴーギクの陰影付けは極弱めです。アゴーギクをあまり振られたら踊りづらいかもしれません。




ワシリー・ペトレンコ (Vasily Petrenko)
ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団
2006年からペトレンコが首席指揮者を務めるロイヤル・リヴァプール・フィル(Royal Liverpool Philharmonic Orchestra)との演奏ですね。




第一部"序奏"は緩やかな揺らぎを作りながら管楽器が表情付けしていますね。"乙女達の踊り"はテンポアップして切れ味を見せ、"春の輪舞"は陰影を明確に付けてきますがクドさはありません。第二部の"序奏"もうまく色合いを付けて表情がありますね。"乙女の神秘的な踊り"ではテンポ変化を付けて不安定さを表現しています。"祖先の儀式"のコントラストの強い激しい流れから、"生贄の踊り"では変拍子を強調するように陰影を強めて切れ味を見せますね。

全体としてはドン・シャン的な派手さと変化を生かしながらもスマートです。アゴーギクも明瞭で、空気感を常に変化させる様な流れですね。




華やかながらややフラットさを感じるG.ヒメノ、揺さぶり強く色合いを付けながら興奮は避けたV.ペトレンコ。
どちらがどう?というよりも、好対照な両者の印象でしょうか。





テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

ジャナンドレア・ノセダ / トリノ・レッジョ劇場管 の『マーラー 交響曲 第9番』を聴く


ジャナンドレア・ノセダ (Gianandrea Noseda, 1964 - )
トリノ王立歌劇場 (Orchestra Teatro Regio Torino)
日本でもおなじみのイタリア人指揮者ノセダは、ゲルギエフのマリインスキー劇場で首席客演指揮者を務めていました。今回の新譜は、2007年から本年(2018年)4月まで音楽監督を務めていたトリノ王立歌劇場管(トリノ・レージョ劇場管)とのLive録音(2017年10月20,21日)になります。

「マーラー交響曲第9番 80CD聴き比べもご参照下さい。






noseda-mahler-9.jpg
(ジャケット写真です)


第一楽章
第一主題は静的ですが珍しい速め軽やかさ、第二主題でも重さを抑えています。山場と反復の第三主題はクドさを避けたうまい盛り上げですね。展開部もさらっと心地よい流れをベースにメリハリを付けていますので纏わりつく様な重さはなく、後半葬送行進曲の流れも軽妙です。とても興味深い第一楽章です。


第二楽章
主要主題は速めで爽快に、第一トリオでも歯切れを増しますが軽快さ重視です。第二トリオも穏やかですが軽やか、全体の流れが統一された心地よさを感じますね。


第三楽章
主要主題は歯切れよく芯のある流れを作り、副主題(第一トリオ)はもちろん軽妙で、中間部(第二トリオ)では約束通りの緩やかさにします。特徴的なのはハープで主題が入れ替わるパートで振られたスローのコントラストで、フィニッシュと合わせて強力です。


第四楽章
主要主題は緩やかな哀愁ある正攻法で緩やかに入り、テンポを上げます。第一エピソードも哀愁を強く奏でますが速めのテンポでクドさを回避、第二エピソードも穏やかな哀愁感の心地よい流れから二度の山場を大きくコントラストを付けます。コーダからフィニッシュはスローand超静音に消え入ります。



前半を軽快な表情付けに、中後半でキレと哀愁ををうまく付けたマーラー9です。
前半のオリジナリティーある流れから、後半で死のイメージを纏ったこの曲に沿わせる流れは見事で、その構成感に一票を投じます







テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

B.A.ツィンマーマン「"Monologues" for two pianos」聴き比べ | コンタルスキー兄弟 vs エンリサ/シュフDuo


Monologues, for 2 pianos (1960-64年)
ベルント・アロイス・ツィンマーマン (Bernd Alois Zimmermann, 1918-1970)
B.A.ツィンマーマンは今までに数多くインプレ**しているので紹介は割愛です。ピアノ・デュオとオーケストラのための『Dialogues』(1960年) のピアノ・デュオ曲版として本人によりトランスクリプションされた曲ですね。
中期から後期に入るこの作品の後に、傑作「兵士たち (1965年)」と「ある若き詩人のためのレクイエム (1969年)」が世に送り出される事になるわけで、興味深いですね。

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今回はトルコ人ピアニスト:ギュルル・エンサリとルーマニア生まれでドイツのピアニスト:ヘルベルト・シュフのピアノ・デュオが同曲をリリースしたので、鉄板のコンタルスキー兄弟と聴き比べしてみようと思います。



ギュルル・エンサリ/ ヘルベルト・シュフ
Gülru Ensari / Herbert Schuch

ケルン在住のお二人はご夫婦だそうで、B.A.ツィンマーマンの生誕100周年としての選曲とか。(その年に亡くなったドビュッシー没後100年でもあります)
このピアノ・デュオ アルバム『DIALOGUES』にはドビュッシーとモーツァルトのDuo曲も入っていますが、直接B.A.ツィンマーマンの引用に使われている曲ではありません。




 "Hommage à Claude Debussy" とある通り、ドビュッシーへの5パートのオマージュ曲です。実際に"花火 (Feux d'artifice)"の引用が#4と#5のMonologuesに使われています。

点描音列配置をツィンマーマン風にしたMonologues I、それを炸裂的にコントラストを付けた II、強コントラストで暗い印象の III、ドビュッシー色の混沌 IV、ドビュッシー色に強烈さのコントラストが増す V、といった流れです。中期のセリエル時代作品の楽風で 圧倒的に最後の"Monologues V"がいいですね。
#2, #3, にモーツァルト、#4, #5にドビュッシーの引用が挟まれています。と言うかオマージュという通り、後半は新しいドビュッシー像?!の様です。
演奏は全体的に柔らかさを感じ、もっとバリバリに強音を弾いた方がB.A.ツィンマーマンらしい気がしますね。




コンタルスキー兄弟
Alfons & Aloys Kontarsky

ドイツ人兄弟ピアニスト・デュオ、兄のアロイスと弟アルフォンスですね。現代音楽で言えば、ダルムシュタット夏季現代音楽講習会での講師で長年活躍し、数々の初演をこなしてきました。20世紀を代表するピアノ・デュオでしたね。
本アルバムはコンタルスキー兄弟によるB.A.ツィンマーマンのピアノ曲集(二重奏曲・三重奏曲あり)になります。




I. ではより表情を深くタッチに彩りがあります。II. でも切れ味と激しさをディナーミクとアゴーギクで表現、引用パートの美しさも聴かせます。III. も響きの良さと間の取り方が素晴らしく引用は混沌化、IV. ではドビュッシー色というよりも前衛表現的です。V. も静と烈のコントラストを明瞭に打ち出してドビュッシーの引用ながら、より現代的な透明感と切れ味の流れです。
テクニック的にも表現的にも激しさと美しい透明感の見事なコントラストが際立ちますね。

 ★試しにYouTubeで聴いてみる?




セリエルを基にしながら、引用やトリルといった約束無視の強烈さ、まさにB.A.ツィンマーマンの魅力が詰まっていますね。
圧倒するコンタルスキー兄弟の演奏は、楽曲に磨きをかけて素晴らしい充実密度です。エンサリ/シュフは同CDのモーツァルトの様な軽快な流れを心地よく弾くパートに良さを感じました。

柔らかい表現のギュルル・エンサリ/ヘルベルト・シュフ、激しさと静美のコンタルスキー兄弟と言った感じでしょう。




テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

Lindquist - Hosokawa - Sørensen - Norderval | Trondheim Sinfonietta の「MANTRA」を聴く


MANTRA
Trondheim Sinfonietta
1998年にノルウェーで設立された現代音楽アンサンブル"トロンハイム・シンフォニエッタ"の創設20周年記念アルバムで、興味深い四人の現代音楽家の作品を集めていますね。
指揮は、作曲家としても活躍するノルウェーのカイ・グリンデ・ミューラン(Kai Grinde Myrann)です。






細川 俊夫
(Toshio Hosokawa, 1955- )
今更紹介不要の細川さんですが、個人的には近年のオペラ作品にとても魅力を感じています。今回は少し古い室内楽ですね。

Drawing for eight players (2004年)
 fl, ob, cl, pf, perc, vn, va, vc, の室内楽です。静的ドローン風の流れが基本構成ですから、ロングトーンの響きですね。そこに煌めきを加える様に各楽器が絡み、響きは増して空間を占める様になります。なんとも言えないこの美しさこそ細川さんのサウンドで、やっぱり素晴らしい!

 ★試しにYouTubeで観てみる?



ベント・セアンセン
(Bent Sørensen, 1958- )
デンマークの現代音楽家で、イブ・ ネアホルムやペア・ノアゴーに師事しています。オペラを始め管弦楽や室内楽と広く作曲活動をしていますが、残念なことに電子音楽には手をつけていません。欧前衛とは一線を画す北欧系現代音楽の姿勢ですね。

Minnelieder – Zweites Minnewater for chamber ensemble (1994年)
 『愛の歌 - 第二の愛の湖』もちろん無調ですが、トリル・トレモロのミニマルがベースにありそうで、その全体の流れが波を打つ様にうねった変化をし、とても面白い曲になっています。各楽器も協調性はありますが、基本ポリフォニーで北欧ポスト・ミニマルでしょう。



エレン・リンドクヴィスト
(Ellen Lindquist, 1970- )
北米と欧州で活躍する米人女性現代音楽家ですね。ソロから室内楽、管弦楽や歌曲と幅広い活動ですが、特徴的なのはダンスや詩を交えるパフォーマンスにあります。インスタレーションへの移行もありそうですね。

Mantra Concerto for gamelan and sinfonietta (2016年)
 CDタイトルナンバーで副題の通り「ガムランとシンフォニエッタのための協奏曲」です。静的な空間を使い「ガムラン=バリ民族音楽」の印象をうまくコントロールした空間音響系の現代音楽です。ガムランも空間の中に響きを作る一つのperc.楽器として使われていて、その旋律にバリ民族音楽和声が使われていても気になりませんね。



クリスティン・ノーダーヴァル
(Kristin Norderval, 1957- )
米女性現代音楽家にして前衛即興パフォーマンス活動家で、ニューヨークの"Ensemble Pi"のメンバーとしても活躍しています。声楽を得意として、前衛電子音楽との組み合わせに特徴があります。

Chapel Meditation for voice and plucked piano (2001年)
 即興で作られた曲で、スロー&シンプルなヴォーカリーズとピアノのDuo曲です。ピアノは弦を直接弾きます(plucked)が単音残響です。「礼拝堂の瞑想」とある通りでインド的な民族和声を使い、まさにインドの寺院で瞑想しているしているかの様です。




現代音楽アンサンブルと言ってもノイズやクラスターの前衛混沌ではなく、ドローンや空間音響といったアンビエント系の現代音楽ですね。民族音楽和声も取り入れていますが、うまく消化できている感じで違和感がありません。
騒々しさは無く、静的陶酔感もあるのでBGMとして流しておくのも'あり'のおすすめの一枚です。




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ベルトルト・ゴルトシュミット(Berthold Goldschmidt) の「The Goldschmidt Album」を聴く


ベルトルト・ゴルトシュミット
(Berthold Goldschmidt, 1903/1/18 - 1996/10/17)
先日もデッカ退廃音楽(DECCA Entartete Musik)シリーズの「The Concertos」を紹介しましたが、もう一枚同シリーズでの所有がありました。

今回はゴルトシュミットの三つの作曲年代、①在ドイツ時代、②イギリス亡命後、③1982年作曲再開後(1958年からの活動休止)、から①と③です。前回は②の1950年代作品集だったので、これでゴルトシュミットの全貌ですね。


The Goldschmidt Album
1930年代までの初期作品と、1990年代終盤期作品です。前衛時代背景は前回アルバムの1950年代の前衛セリエル真っ盛りから、今回はその前後。前衛黎明期と多様性時代で興味深いです。

ライナーノートには「Berthold Goldschmidt talks about his life and music」の質問形式の語りがあり、ブゾーニやシェーンベルクに習った事、前衛や十二音技法の影響、ショスタコーヴィチとの対面、等々語られています。


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Passacaglia, Op.4 (1925年)
City of Birmingham Symphony Orchestra, Simon Rattle (cond.)
多少の調性の怪しさを感じるものの、後期ロマン派の流れを感じますね。無調に入る前のシェーンベルク的と言ったらわかってもらえるでしょうか。この時代らしいのかもしれませんね。
本人はバッハのパッサカリアの影響であり、ヴェーベルンのパッサカリアは知らなかったとの事です。


Comedy of Errors - Overture (1936年)
City of Birmingham Symphony Orchestra, Berthold Goldschmidt本人 (cond.)
シェークスピアのコメディにインスパイアされた、より機能和声的な前奏曲です。もちろん怪しげな、大した事はありませんが、旋律感とショスタコーヴィチ色を感じますね。


Ciaconna sinfonica (1936年)
City of Birmingham Symphony Orchestra, Simon Rattle (cond.)
三楽章形式です。上記二曲を合わせた様な印象で、前回紹介も含めて この辺りがゴルトシュミットの作風と感じますね。


Chronica (1932-1985年)
Sinfonieorchester Komische Oper, Yakov Kreizberg (cond.), Timothy Hutchins (flute), Janet Creaser Hutchins (piano)
アンチファシストのバレエ曲としてドイツで1932年に書かれて、1985年に委嘱作品として完成させたそうです。
楽風はショスタコ風のままで、本人もアンチ・ロマン派的なスタンスに影響を受けたと言っていますね。展開感がやや平板で長く感じます。

 ★試しにYouTubeで聴いてみる?
  part1 Passacaglia のみです(3'弱)



Les Petits Adieux (1994年)
Montreal Symphony Orchestra, Charles Dutoit (cond.), François Le Roux (baritone)
四人の詩人のTextを使ったバリトンの歌曲ですね。1990年代に入り、強烈なショスタコ色は無くなっています。代わりに調性回帰が強く、時代が逆戻って後期ロマン派の歌曲の様です。どこかで聴いた様な…っていう感じでしょうか。


Rondeau (1995年)
Berlin Radio Symphony Orchestra, Berthold Goldschmidt本人 (cond.), Chantal Juillet (violin)
室内楽風の単一楽章ヴァイオリン協奏曲ですね。ここでも後期ロマン派的な流れに終始します。旋律感も強い流れで調性を超える様な和声は殆ど感じません。21世紀を目の前にどうしたのでしょう、マニエリスムと言うにしても?!って感じです。



主たる楽風がショスタコーヴィチの影響下にあった事が明瞭にわかるアルバムですね。
極初期と最後は類似的で特徴が薄い事もわかり、この一枚で全体像が見えるかもしれません。本人の言葉通りで前衛には組みさなかったと言う事でしょう。




テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

サイモン・ラトル/バイエルン放送交響楽団 で聴く マーラー『大地の歌』| バーンスタイン, カラヤン と聴き比べ


大地の歌 (Das Lied von der Erde, 1908年)
グスタフ・マーラー (Gustav Mahler, 1860/7/7 - 1911/5/18)
今年ラトルはマーラーを続けて出したので、第6番に続いて"大地の歌"もインプレしましょう。

「大地の歌」全体の流れを少々荒っぽく言えば、テノール(男性)が歌う奇数番楽章は盃を重ねる詩、アルト(女性)が歌う偶数番楽章は人の心の詩、最後の第六楽章だけは自然と友を謳う訳ですが、全体として"人は死しても大地は残る"というお話ですね。個別の古い中国の詩の引用ですから、楽章間でストーリー展開がある訳ではありません。

アルト(orメゾソプラノ)のパートはバリトンの場合もあるので、今回はせっかくですからカラヤン/BPO | バーンスタイン/VPOと聴き比べてみようと思います。前者はアルト採用、後者はバリトン採用ですね。(バーンスタインはMez.採用Sony盤もあります)




サイモン・ラトル / バイエルン放送響
[Mez.] マグダレーナ・コジェナー, [テノール] スチュアート・スケルトン




第一楽章「大地の哀愁に寄せる酒の歌」
アレグロですがペザンテの印象が強い楽章ですね。ファンファーレ主導の提示部はオケの切れ味が強く陰影が濃いです。テノールもテンションが高いです。展開部管弦楽は繊細さです。

第二楽章「秋に寂しき者」
緩徐楽章ですね。導入部の木管は抑えめで哀愁を細く奏でます。切れ味あるMezとオケとの一体感に僅かな乖離を感じます。展開部も変化は少なめで全体に表情が薄めに感じますね。

第三楽章「青春について」
短いスケルツォでしょうか。テノールも軽妙に入り、スローの中間部は陰を見せてコントラストを強めに付けています。

第四楽章「美について」
コモド(乙女)の中に走狗する(若者)トリオが入りますね。乙女は落ち着いたスローで歌い、中間部では若者が勢いのついたオケの演奏と共にテンポアップして元気が溢れますね。再現部も含めてコントラストが明瞭です。

第五楽章「春に酔える者」
凛々しいアレグロですね。勇ましい提示部を強調するテノール、キーとなる展開部でテンポを落とす二回目の調性感の変化はナチュラルです。再現部は元気復活ですね。

第六楽章「告別」
緩徐の提示部は、適度な重厚さのオケに繊細なMez.の組合せで、山場は伸びやかですが生真面目さが強い流れです。ややフラットに感じるかもしれません。中間部管弦楽パートは、情感の陰影付けが強くラトルらしさでしょう。再現部 王維の「告別」は表情がありますね。


落ち着いたMez.に対して表情豊かなテノールの組み合わせ。オケは明瞭な音使いです。クセはなくコントラストをはっきりとさせて、ラトルらしい「大地の歌」になっている感じです。
ラトル派の貴方におすすめですね。

旧盤(EMI)を比べると、バリトン採用で印象は異なりますね。演奏はバーミンガム市響の方が楽章によってのメリハリに差(一楽章は濃く二楽章は穏やかとか)があります、テノールは似た感じですが。











カラヤン / ベルリン・フィル
[アルト] クリスタ・ルートヴィヒ, [テノール] ルネ・コロ




第一楽章「大地の哀愁に寄せる酒の歌」
提示部は導入ファンファーレ、オケそしてテノールも虚飾の無いバランスの良い流れを作って説得力を感じます。管弦楽の展開部もしゃしゃり出る事なく美しさを聴かせます。再現部もシャープな流れですね。

第二楽章「秋に寂しき者」
繊細な木管の導入部にアルトが入り、透明感があります。展開部は伸びやかで暖かさを見せ、山場を広がり大きく聴かせます。ルートヴィヒとオケのマッチングの良さを感じますね。

第三楽章「青春について」
ちょっと戯けた様にテノール、軽く弾むオケ、うまい流れを作るスケルツォで入ります。中間部は少し落ち着きを見せながら最後に回帰、全体の流れは統一感がありますね。

第四楽章「美について」
導入部コモドの乙女はオケと合わせて明るく明瞭に表情を付けて、中間部ではテンポアップし晴れ間を見せる様なオケに跳ねる様に歌います。再現部も合わせて伸びやか明るさが伝わります。

第五楽章「春に酔える者」
提示部テノールは伸び伸びと歌い、広がりがあります。展開部二回目のテンポダウンではHrを中心に調性感の変化を感じさせてくれるのが嬉しいです。そうなると続く再現部が生きて来ますね。

第六楽章「告別」
提示部は重厚さを避けたスローで落ち着いたオケとアルト、次第にアルトの表現力が増して山場に繋げます。オケが常に美しい澄んだバックを受け持っているのも好感触ですね。管弦楽の中間部は、緩やかで穏やかな流れに陰影を自然に付けています。再現部も含めて ルートヴィヒとオケの美しい楽章になっていますね。


アルトは繊細で伸びやか、テノールはクリーンなハイトーンで広がりを効かせます。オケは抑えながら澄んだ音色で引き立てます。興奮や華飾を排して 落ち着いた心地よさの「大地の歌」ですね。
その中に流石のルートヴィヒの表現力があって、やっぱり好きな演奏です。





バーンスタイン / ウィーン・フィル
[バリトン] フィッシャー=ディースカウ, [テノール] ジェームス・キング




第一楽章「大地の哀愁に寄せる酒の歌」
入りのファンファーレから速めでテンションが高いです。オケもテノールもハイテンション、緩急はあっても戦闘的ですね。展開部管弦楽の印象が残りません。

第二楽章「秋に寂しき者」
バリトンは落ち着きはらっています。男性パートで聴くと歌詞の印象が異なって感じますね。ただ高音パートを柔らかく歌うのでオケとの緩徐バランスは悪くありません。展開部では光が差してくる様な流れを作っています。

第三楽章「青春について」
テノールの軽妙さには少し濃い味付けがあります。中間部でも味の濃さが表立っています。

第四楽章「美について」
導入コモドはゆったりと穏やかに歌い、中間部ではオケが華やかさを奏でてバリトンも生き生きと歌い上げます。テンポアップでの表情も面白いですね。流石はディースカウと言ったところでしょうか。

第五楽章「春に酔える者」
提示部テノールは適度なテンションで堂々と、展開部二回目のスローでの調性感の振りは弱めです。ここではテノールが落ち着きを見せましたね。

第六楽章「告別」
ゆったりとした提示部はまさにディースカウの真骨頂で素晴らしいですね。重厚さを避けて歌詞の一つ一つを丁寧に歌います。オケも尚更に丁寧な美しい演奏に聴こえてしまいますね。最高の楽章で一つの完成形では!


バリトンは優しさを湛え、テノールは少々くどめの対比です。オケも色付けが濃い演奏ですね。 役割(歌詞)と表現を明確にした「大地の歌」です。
何と言ってもフィッシャー=ディースカウの歌うマーラー、ここでも素晴らしい歌詞表現です。でも、この曲だけはバリトンよりもアルト(or Mez.)の方が好みです。




カラヤン盤とバーンスタイン(ディースカウ)盤の二枚はお気に入りなので、あえて載せてみました。特に ディースカウの歌う第六楽章の素晴らしさ、全体としたらルートヴィヒが歌うカラヤン盤という嗜好です。ワルター盤もいいので、そのうちにまた。



テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

カロル・ラートハウス(Karol Rathaus) の「交響曲 第1番, 最後のピエロ」を聴く | デッカ退廃音楽(DECCA Entartete Musik)シリーズ


カロル・ラートハウス
(Karol Rathaus, 1895/9/16 - 1954/11/21)
ウィーンでF.シュレーカーに学んだユダヤ系オーストリア人近現代音楽家ですね。旧オーストリア=ハンガリー帝国生まれで、ナチスに退廃音楽の烙印を押されてドイツ(ワイマール)から逃れパリ、ロンドン 最後はニューヨークで活動していました。
楽風は前衛ではなく、映画音楽も手がけて20世紀初頭の最後の後期ロマン派末裔でしょうか。


Sinfonie Nr. 1, Der letzte Pierrot
前回に続きデッカ退廃音楽(DECCA Entartete Musik)シリーズから、ラートハウス初期の修行時代の作品です。得意とする交響曲とバレエ音楽ですね。
演奏はイスラエル・イーノン(Israel Yinon)指揮、ベルリン・ドイツ交響楽団(Deutsches Symphonie-Orchester Berlin)です。






交響曲 第1番, Sinfonie Nr. 1 Op.5 (1922年)
二楽章形式です。幽玄な美しい旋律には若干の不協和音がありますが、所謂(いわゆる)現代音楽感はありませんね。少しクラスター的な管楽器の響きを重視している第一楽章、やや不安定な流れで緩徐的な第二楽章。現代音楽的イメージがあるとすれば、印象的な主題・動機といった明確さがない事でしょう。


最後のピエロ, Der letzte Pierrot Op.19 (1927年)
全三幕のバレエ音楽です。5年間での楽風変化は少なく、バレエ曲という事で単一楽器のソロ・パート表現が増えているのが特徴的でしょう。そしてそれが調性を強く感じさせて聴き易さを感じさせますね。当然表情変化も大きく取られているので展開感があり、こちらの方が楽しめると思います。ストラヴィンスキーの影響を取りざたされますが、従来音楽の延長線に感じられますね。

 ★ 試しにYouTubeで観てみる?
  第二楽章ピアノver.です。ピアノ・アレンジはラートハウス本人ですね。




時代背景(1920年代)は、無調から十二音技法が生まれてセリエルに向かう前衛黎明期でしょう。この時代のクラシック音楽らしく、多少の不協和音(調性拡張のための無調?)と象徴的な旋律を作らない流れです。もちろん前衛現代音楽とは無縁ですが、怪しげに聴こえるかもしれませんね。

前衛現代音楽の対抗がマニエリスム(調性回帰)だとすれば、そこにも入らず時代の折衷的象徴の感じですね。でもバレエ曲は悪くないので、中後期作品も聴いてみたくなりました。



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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

ベルトルト・ゴルトシュミット(Berthold Goldschmidt) の「The Concertos / 協奏曲集」を聴く


ベルトルト・ゴルトシュミット
(Berthold Goldschmidt, 1903/1/18 - 1996/10/17)
F.シュレーカーに学んだドイツ生まれユダヤ人現代音楽家で、第二次大戦中にナチスに退廃音楽の烙印を押されイギリスに亡命しました。BBCで活動をしましたが、その後作曲は止めて指揮者として活躍していましたね。
活動は三期に分かれるでしょうか。在ドイツ時代、イギリス亡命直後、1958年からの休止後1982年作曲活動再開後、ですね。


The Concertos
三つの協奏曲集で、いずれもイギリス亡命後の作品になりますね。デッカ退廃音楽(DECCA Entartete Musik) シリーズの一枚で、演奏者はヨーヨー・マやデュトア、また本人指揮あり、とヴァリエーション豊かです。






チェロ協奏曲, Cello Concerto (1953年)
民族音楽和声と調性感を薄める不協和音。ベースにあるのは新古典主義風ですが、ショスタコーヴィチやプロコフィエフを思わせる様な旋律も感じますね。第一楽章にはマーラーの様な動機もあって"引用"を使っているのでしょうか。とても不思議な音色ですが、四楽章という形式と表現も含めて前衛の吹き荒れるこの時代としては折衷的でしょうね。
演奏はYo-Yo Ma(vc), Charles Dutoit(cond.), Orchestre symphonique de Montreal, です。

 ★試しにYouTubeで聴いてみる?


クラリネット協奏曲, Clarinet Concerto (1953-54年)
ここでは調性感の薄さは同じですが民族和声やロシア色は少なく(第三楽章は別です)、後期ロマン派的穏やかな美しさを感じますね。調性を薄めた中にある独特の和声は共通していて、独自の音楽を確立させていた感じがしますね。一二楽章だけなら幽玄美を感じるこちらの方が好みです、でも第三楽章が控えていますからね。
演奏はSabine Meyer(cl), Yakov Kreizberg(cond.) ,Orchester der Komischen Oper, Berlin, です。

 ★試しにYouTubeで聴いてみる?


ヴァイオリン協奏曲, Violin Concerto (1952/55年)
楽風は変わりませんね、ソロ楽器が変わっただけでしょう。楽器の鳴りを生かしてはいますが、三曲の中で目新しい変化やヴァリエーションは見当たりません。あえて言えばこの曲が一番技巧的でしょうか。
演奏はChantal Juillet(vn), Berthold Goldschmidt(cond.), Philharmonia Orchestra, です。



この時代、現代音楽は前衛セリエル真っ盛りですからこの様な折衷的な音楽は表舞台に現れずらかったと感じます。
今の時代の方が聴きやすい受け入れ易いでしょうね。その後再評価されたのが1980年代というのも、前衛が多様性に入った時期と重なるのも納得できます。

とはいえ個性というより近現代ロシア的和声が鼻につく、そんな感じの音楽です。コンチェルトとしての特異性や個性はあまり感じられませんね。



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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

ダルムシュタット夏季現代音楽講習会のピアノ曲集『 Darmstadt Aural Documents Box 4・Pianists 』(7CD) で聴く欧州前衛現代音楽の変遷


ダルムシュタット・オーラル・ドキュメンツ
ボックス4・ピアニスト
欧州前衛現代音楽をリードして来た独ダルムシュタット夏季現代音楽講習会(1947〜)、そのピアノ曲で現在までの変遷を一気に見渡す作品集です。


DarmstadtAuralDocumentsBox4Pianists.jpg


1911年のシェーンベルクから2014年のステファン・クレバーまで100年を作品年代順に54曲7CD8時間半以上 全曲インプレと変遷の再認識です。(演奏収録は1948年から2014年)




CD 1 :before 1950 】


アルノルト・シェーンベルク (Arnold Schönberg, 1874-1951)
第一曲目がシェーンベルクが完全無調を果たしたと言われる「6つのピアノ曲」、次が十二音技法の先鞭「5つのピアノ曲」というのがとても象徴的な企画ですね。
ピアニストは曲順に次の二人です。
[pf] エドゥアルト・シュトイアマン(Eduard Steuermann)は作曲をシェーンベルクに師事していて、「浄夜」をピアノ三重奏用に編曲もしていますね。
[pf] ペーター・シュタドレン(Peter Stadlen)は新ウィーン楽派との関係が強く、ダルムシュタットではピアノのマスタークラスを受け持っていました。

6つのピアノ曲, Sechs kleine Klavierstucke Op. 19 (1911年)
 点描で無調とはいえ20世紀初頭らしく旋律感があります。そう言った意味では古さを感じて、調性からの脱却はあるものの"前衛"的ではないかもしれません。シュトイアマンのpfは表情を作っていますが、全体的におとなしい感じです。
これが歴史的な現代音楽作品であって、ここを起点として前衛がスタートした一つの事実に違いありませんね。


5つのピアノ曲, Funf Klavierstucke Op. 23 (1923年)
 Op.19と似た流れですが、強弱・速遅のコントラストは強くなっています。シュタドレンのpfも表情豊かです。残念ながらこの後の曲で十二音技法に辿り着く音楽的気配は実感できません。もっとも曲を聴いただけで十二音技法とわかるのはかなり難しいかと思います。一番古い1948年(昭和23年)録音です。まだ生まれていませんw




ベーラ・バルトーク (Béla Bartók, 1881-1945)
バルトークが三年間作曲活動を休止した後に書いた曲ですね。この頃から民族音楽要素が強くなったと言われています。
[pf] アンドール・フォルデス(Andor Földes)はフランツ・リスト音楽院でバルトークに師事した経験があり、ダルムシュタットではバルトーク音楽の授業を受け持っていました。

ピアノ・ソナタ, Sonate (1926年)
 既にバルトークらしい響きを感じますね。ストラヴィンスキーっぽい感じもあります。三楽章形式で躍動感や緩徐を混じえて、多少の不協和音に彩られた新古典主義的にもきこえますね。




アントン・ヴェーベルン (Anton Webern, 1883-1945)
ヴェーベルンの12のピアノ作品の内で唯一作品番号(Op. 27)が付けられた曲ですね。元はシュトイアマンの為に書かれましたが、初演はシュタドレンが弾いています。
[pf] ペーター・シュタドレン【既出】

変奏曲, Variationen Op. 27 (1936年)
 いかにもヴェーベルンらしく音の跳躍も大きい無表情の点描音列配置です。新ウィーン楽派、セリーを代表するピアノ曲ですから当然そうなるでしょう。ここからポスト・セリエル、前衛の衰退へと突き進むわけですね。




ステファン・ウォルペ (Stefan Wolpe, 1902-1919)
シェーンベルクの影響を受け、ヴェーベルンに師事したドイツ人現代音楽家で、十二音技法や全音音階を取り入れています。
[pf] デイヴィッド・チューダー(David Tudor)はウォルペ本人に作曲を、その妻のイルマ・ウォルペにpfを師事しています。作曲ではライヴ・エレクトロニクスを中心にした実績が評価されていますね。そして何よりJ.ケージのダルムシュタット登場時のピアニストという事でも知られます。

パッサカリア, Passacaglia from Four Studies on Basics Rows (1936年)
 師に習ってパンクチャリズムですが、強音パートが多い事と多少旋律感があるところが違いかもしれません。シェーンベルクに近い感じがするセリーのピアノ曲でしょうね。チューダーはpfをよく鳴らしています。




ロジャー・セッションズ (Roger Sessions, 1896-1985)
米現代音楽家で、新古典主義的作風から混みいった和声への転換を果たした時期の作品になります。
[pf] ハワード・ルボウ(Howard Lebow)はジュリアードで習った米人ピアニストで後年は教授職についていました。

4つの小品, From My Diary. Four Pieces (1940年)
 ここでも点描的な音列配置になっています。この時代の趨勢だった事がよくわかりますね。技巧的で旋律感があっても類似的になるのは約束事の制約によるのでしょう。そういう時代だったのですね。




ハンス・エーリッヒ・アポステル (Hans Erich Apostel, 1901-1972)
シェーンベルクとベルクに師事しているドイツ人現代音楽家で、最後まで新ウィーン楽派との関わりがありました。
[pf] ペーター・シュタドレン【既出】

クビニアーナ:ピアノのための10の小品, Kubiniana. Zehn Klavierstucke Op. 13 (1946年)
 点描からの移行を感じるピアノ曲で、使われている鍵盤の音域も広いですね。ストーリー性を感じる様な流れは、強引に言えばベルクの色合いを感じます。




ピエール・ブーレーズ (Pierre Boulez, 1925-2016)
最も初期の作品の一つになりますね。
[pf] エリカ・ハーゼ(Erika Haase)はダルムシュタット生まれでダルムシュタット夏季講習会で習った現代音楽を得意とするピアニストです。ブーレーズとの協調関係もありました。

ピアノ・ソナタ第1番, Premiere Sonate (1946年)
 点描音列配置で初期のブーレーズ、メシアンに習った後ヴェーベルンに陶酔していた、らしい曲でしょう。pfのハーゼの表現と合わせて煌めく音の色彩はブーレーズらしさが感じられますね。個人的にはブーレーズの楽曲は最後まで煌めきがあったと思います。




CD 1 [1950年代以前の作品]

画一的で、良くも悪しくもセリー初期的点描のピアノ曲が並びましたね。そういう時代だったとダルムシュタット&NEOSも考えたのでしょう。唯一違うバルトークを一点入れてあるわけですね。




CD 2:1950s/1960s 】


ベルント・アロイス・ツィンマーマン (Bernd Alois Zimmermann, 1918-1970)
このブログではご贔屓のちょっと古い現代音楽家B.A.ツィンマーマンの中期、セリエル時代のピアノ曲ですね。本当は後期作品がオススメですが。
[pf] イヴォンヌ・ロリオ(Yvonne Loriod)は言わずと知れたメシアンの二番目の奥さんですね。超絶技巧を駆使し、メシアンのピアノ曲に影響を与えて初演も数多く行なっていますね。

エンキーリディオン2, Enchiridion 2. Teil "Exerzitien" (1952年 ver.)
 B.A.ツィンマーマンらしい暗く混みいった音で機能和声風。技巧性も高く一見音列配置的に感じませんが、CD1で感じたパンクチャリズム的な単音の並びではありません。変形された引用も感じて、こうなるとセリエルかどうかさえ不明になります。まさにツィンマーマンらしい楽しさに溢れ、Y.ロリオのpfもキレキレで素晴らしいですね。

今の時代に聴けばB.A.ツィンマーマンの"多様性"に大きな魅力を感じますが、このCD2のシュトックハウゼンやブーレーズの様な立ち位置から見れば折衷・日和見的に見えて格好の攻撃対象だったのでしょう。生まれるのが30年早かったですね。




フランコ・エヴァンゲリスティ (Franco Evangelisti, 1926-1980)
イタリア人現代音楽家で新古典主義から'50年代にダルムシュタットに参加して、ポスト・セリエルな技巧(偶然性、不確定性、電子音楽、環境音、等)を駆使した先見性がありましたね。基本はバリバリのセリーです。
[pf] デイヴィッド・チューダー【既出】

音の投影、構造, Proiezione sonore, Strutture (1956年)
 爆裂的な強打鍵音がまず炸裂します。しかし発する音は少なく無音空間に現れます。強烈な個性ですが、構造は音列配置そのものの印象ですね。表現主義的進化が面白いです




リュック・フェラーリ (Luc Ferrari, 1929-2005)
電子音楽で知られるフランス人現代音楽家で、作風は前衛ではありませんね。極初期作品になります。
[pf] エルス・ストック=ハグ(Else Stock-Hug)はダルムシュタットで講師を務めたドイツ人女性ピアニストですね。

顔 I, Visage I (1956年)
 音数が少なく、時折強音がありますね。一つ上のエヴァンゲリスティに似ていますが、荒削りを無くした感じになります。その分点描的音列配置な印象が強く、古さを感じるかもしれません。




カールハインツ・シュトックハウゼン (Karlheinz Stockhausen, 1928-2007)
説明不要、ブーレーズやノーノと並びダルムシュタットの顔ですね。初期作品で群作法セリーの延長になるでしょう。
[pf] デイヴィッド・チューダー【既出】

ピアノ曲XI, Klavierstück XI (1956年)
 点描音列配置の音の密集を細切れにして、無音空間にばら撒いた様なpf曲になっていますね。この時代の"いかにも"的な現代音楽に感じますね。絶滅生物を見ている様な…

トータルセリエルのベースとなった事で知られるO.メシアンの「4つのリズムのエチュード, Quatre Études de rythme」第2曲「音価と強度のモード」が披露されたのが1949年、ブーレーズのトータルセリエル曲「Structures livre 1」が1952年、ポスト・セリエルを見せるのがこの曲。この時代がセリエルの全盛期ですね。




ピエール・ブーレーズ (Pierre Boulez, 1925-2016)
CD1に続くブーレーズの二曲目は「管理された偶然性」のピアノソナタ#3ですね。5つのフォルマン(パート)は演奏者にその順番を任されます。それが「管理された偶然性」になりますね。
[pf] ピエール・ブーレーズ:なんと本人の演奏です。

ピアノ・ソナタ第3番, Troisième Sonate (1957年)
 20'42"あり本CDsetの目玉でしょう。同志シュトックハウゼンに似ていますが、そこはブーレーズですから細かな音の切れ端に煌めく色合いを感じます。シュトックハウゼンが密度の高い音列を区切って撒いたのと違い、ブーレーズは音列の高密集ではなく音の並びに美しいさを出していますね。本人が弾いているので意図した表現でしょう。とはいえ画一的古さは拭えませんが。(偶然性は聴いただけでは不明ですw)

米現代音楽に否定的だったダルムシュタットにジョン・ケージ(John Cage, 1912-1992)がセンセーショナルに登場したのが1958年。ケージの「偶然性の音楽」はポスト・セリエルの一つの道を作りましたね。
ブーレーズとケージは1949年から1982年の間に50通の書簡で討論していて書籍化されています。





アルド・クレメンティ (Aldo Clementi, 1925-2011)
ピアノにも精通していたイタリア人現代音楽家で、ダルムシュタットではブルーノ・マデルナの影響も受けています。
[pf] アロイス・コンタルスキー(Aloys Kontarsky)は数多くの現代音楽の初演をこなしたコンタルスキー兄弟のお兄さんですね。

コンポジション第1番, Composizione n. 1 (1957年)
 点描音列配置で個々の音の強弱を明確にしています。その辺りは音価等をセリエルに構成した結果の音表現になっている感じがしますね。トータルセリーなのでしょう。




ニコロ・カスティリオーニ (Niccolò Castiglioni, 1932-1996)
イタリア人現代音楽家でピアニスト。十二音技法をウィーンで身につけ、1958年から1965までダルムシュタットで講師を務めました。
[pf] ニコロ・カスティリオーニ、本人の演奏ですね。

動きの始まり, Inizio di movimento (1958年)
 上記クレメンティに似ています。同じ様に小曲になります。それ以外に感じるものはありませんね。




ジェルジ・クルターク (György Kurtág, 1926- )
このブログでもお馴染みのハンガリー人現代音楽家ですね。初期作品になります。
[pf] アンドール・ロションツィ(Andor Losonczy):本年(2018年)一月に亡くなったハンガリー人ピアニストです。詳細情報がありません。

8つのピアノ小品, Acht Klavierstücke Op. 3 (1958年)
 もちろん音列配置的なpfではありますが、ここまでのセリエル系のピアノ曲とは少し異なりトレモロや反復で構成されたパートもあって表情を感じます。旋律感も存在して、クルタークらしい幽玄さが早くも見られますね。セリエルをベースにしながら自分の世界を作ろうとしているのを感じます。




エルネスタルブレヒト・シュテーブラー (Ernstalbrecht Stiebler, 1934- )
ダルムシュタットで1958年から1961まで学んでいますね。特に1959年のシュトックハウゼンに影響を受けているそうです。
[pf] ペーター・ロッゲンカンプ(Peter Roggenkamp)はドイツ人ピアニストで、古典から現代音楽まで幅広いレパートリーを持っていますね。

不安定な行動, Labile Aktion (1962年)
 強鍵中心の音列配置です。みんな似ている同じ方向、といったこの時代のセリエルの画一的楽風でしょうね。音楽理論はともかく、今聴けば退屈以外ありませんw




ヘルムート・ラッヘンマン (Helmut Lachenmann, 1935- )
今の時代の現代音楽のベースの一つを作った現代音楽家と言っていいでしょうね。特殊奏法はラッヘンマンの代名詞でもあるでしょう。前衛の停滞に向かう時代の作品ですね。
[pf] ヘルムート・ラッヘンマン:本人の演奏になりますね

エコー・アンダンテ, Echo Andante (1962年)
 まだまだバリバリのセリエル系の時代で、同年代の凡百に埋もれている感じですね。目新しさ、この後のラッヘンマンらしさは感じられません。もちろんお得意の特殊奏法もありません。




CD 2 [1950~1960年代の作品]

一番聴きごたえがあるCD2、言って見れば前衛隆盛期でしょう。トータル・セリエルからポスト・セリエル、表現的に新たな展開を感じますね。とは言え"セリエル"に縛られた音楽が限界を迎えて画一的になりすぎているのが明確に伝わりますね。ブラインドで聴かされたら誰の曲か区別が難しいでしょう。

この年代のセリエル系の変遷や停滞に関しては実際には1990年代の解析で分かった?(言われている?)そうです。時代の波に飲まれていた当事者がクールに解析していたわけでもないという事ですね。


唯一B.A.ツィンマーマンだけ多様性で今聴いてもバラエティがあります。ガチガチの理論構築時代、音楽家からは嘲笑の的となってしましたが、その後の時代の潮流になるわけですね。
この一曲が入っている事でもCD2の価値があります。




CD 3:1970s 】


ヤニス・クセナキス (Iannis Xenakis, 1922-2001)
クセナキスの登場ですね。中期の作品で、この時期は数学的な作曲技法と民族音楽への傾倒があった時代ですがピアノ曲ではどうだったのでしょう。
[pf] アロイス・コンタルスキー【既出】

エヴリアリ, Evryali (1973年)
  作曲技法的な内容はわかりませんが技巧的で、セリエル的な点描を残しながら反復を強くしてクセナキスらしい凶暴さを見せます。新しい時代に差し掛かった気配を感じますね。コンタルスキーのpfも強烈です。




アンドレ・ブクレシュリエフ (André Boucourechliev, 1925-1997)
フランスの現代音楽家でベリオ、マデルナ、ケージらに習い偶然性の音楽他の幅広い技法を駆使しています。
[pf] クロード・エルフェ(Claude Helffer)は現代音楽を得意としたピアニストで、本ブログでもCDを紹介していますね。

ピラネーゼによる6つのエチュード, Six études d' après Piranese (1975年)
 和音を中心にした響きは点描音列配置の時代と趣を異にしますね。クラスター的な響きも強くなり、変奏的反復も強いです。アルペジオにしてもパンクチャリズムの様相は感じません。ここでもエチュードとして技巧性が強められて、それがセリエルの縛りから逃れる一つの光だった気がしますね。("新しい複雑性"への道です)




ヴォルフガング・リーム (Wolfgang Rihm, 1952- )
リームの初期作品で、行き詰まるセリエル前衛に対抗して調性の復活"新しい単純性"を標榜していた時代のピアノ曲になりますね。(その前衛版が"新しい複雑性"です)
[pf] ヘルベルト・ヘンク(Herbert Henck)は現代音楽を得意としたドイツ人ピアニストで、アロイス・コンタルスキーに師事していますね。

ピアノ曲第5番, Klavierstück Nr. 5 "Tombeau" (1975年)
 機能和声の三度五度音が使われ、その時点で不協和音的コードを使ってもセリエルではありません。しかし表現上は一つ前のブクレシュリエフに似て非常に強鍵な技巧曲になります。セリエルの先へ(ポスト・セリエル)、この時代の一つの流れでしょうね。ヘンクのpfは切れ味ですね。




サルヴァトーレ・シャリーノ (Salvatore Sciarrino, 1947- )
現存のビッグネイムが続きますね。シャリーの初期作品で、ローマでフランコ・エヴァンゲリスティ(CD2既出)に電子音楽を師事していた時代です。
[pf] ペーター・シュマルフス(Peter Schmalfuss)はギーゼンクに習い、現代音楽にも目を向けていました。その代表的演奏になります。

ピアノ・ソナタ第1番, Prima Sonata (1976年)
 セリエル色はありません。機能和声の拡張での無調になりますね。独特の美しい幽玄な響きはシャリーノらしさが既に感じられます。もっと静音が支配的になって、そこに強音が出現する様になるにはまだ10年後の事でしょう。ここでは旋律感のない超絶技巧曲という立ち位置です。




ラインハルト・フェーベル (Reinhard Febel, 1952- )
オペラで知られるドイツ人音楽家ですね。ラッヘンマンの推薦でクラウス・フーバー(昨年亡くなりました)に師事し、IRCAMでも電子音楽を習っています。今回はその前の初期作品が二曲ですね。
[pf] エドワード・ランバート(Edward Lambert)はイギリス人音楽家でピアニスト。
[pf] ベルンハルト・ヴァムバッハ(Bernhard Wambach)はドイツ人ピアニストでグルダに習っています。

ピアノ小品, Klavierstück (1976年)
 一転して点描音列配置的で音数の少ない小曲です。時代が逆流したみたいです。しかし、よく聴くと同一旋律の反復と変奏が執拗に続いています。一捻りしたわけですね。


ピアノ小品1978, Klavierstück 1978
 一歩進んで調性を感じる旋律をベースに唸る様な低音の響きをベースに反復、明らかにセリエルからの脱却を果たした感じです。




マウリシオ・カーゲル (Mauricio Kagel, 1931-2008)
アルゼンチン人現代音楽家ですが活動はドイツですね。奇抜な楽器やアクションを取り入れたスコアの印象が強いですね。
[pf] アロイス・コンタルスキー【既出】

アン・タステン, An Tasten. Klavieretüde (1977年)
 調性回帰色がとても強いですね。ベースは美しい反復のミニマルでしょう。そこに強音の色付けが施されています。この後の時代に多くなる静と烈のコントラストの原型で、マニエリスムの楽曲と言ってもいいでしょうね。




CD 3 [1970年代の作品]

前衛の停滞が叫ばれた時代ですね。ポスト・セリエル、点描音列配置の呪縛から逃れる為に反復や複雑性、機能和声や単純性が取り込まれた曲になります。本CDの曲並びもその変化に沿って、セリエル感の残るクセナキスから始まり、徐々に調性を含めたミニマルや多様性の芽を感じるピアノ曲に流れています。




CD 4:1980s 】


シルヴァーノ・ブソッティ (Sylvano Bussotti, 1931- )
イタリアの現代音楽家にして画家・詩人・舞台監督・等々のマルチ・アーティストですね。トータル・セリエリスムや図形楽譜、複雑なスコアや独自技法を駆使していました。そこにある音の美しさが特徴です。
[pf] イヴァール・ミハショフ(Yvar Mikhashoff)はニューヨーク生まれ、最後はAIDSで亡くなった現代音楽を得意とする事で知られたピアニストですね。

フェドラの死, La Morte di Fedra (1980年)
 古さ満載の音の点描跳躍を残しながらクラスターと機能和声的音色を繋いだピアノ曲ですね。音の並びに美しさがあり、それが個性を放ちますね。残響音を強く残しているのも音響系の現代音楽の魁感があります。




ブライアン・ファーニホウ (Brian Ferneyhough, 1943- )
ポスト・セリエルの旗手で「新しい複雑性」で知られていますね。単に超絶技巧を必要とするだけでなくスコアの難解さも特徴的ですね。それを弾きこなす事の人気が頂点だった時代の作品になります。
[pf] セシル・ライル(Cecil Lytle)は黒人音楽やジャズ、そして現代音楽をを得意とした米人ピアニストですね。

レンマ=イコン=エピグラム, Lemma - Icon - Epigram (1981年)
 スコアの読譜の難解性が施されているかは不明ですが、聴いてわかる無調超絶技巧曲です。それこそがB.ファーニホウでしょう。ライルのpfは華々しいですね。




カールハインツ・シュトックハウゼン (Karlheinz Stockhausen, 1928-2007)
CD 2に続き登場ですね。大きな変換点 大作"Licht, 光"(詳細は割愛です)の"土曜日"からになる30'のピアノ曲です。
[pf] ベルンハルト・ヴァムバッハ【既出】

ルシファーの夢あるいはピアノ曲XIII, Luzifers Traum oder Klavierstück XIII (1981年)
 pf強鍵の残響音、機能和声に近い音並び、pf筐体を叩く音、弦を弾く音、ヴォイスと口笛、足踏みの音、そして意識的な"間"、明らかに新しい前衛の時代に入った事を感じらますね。このアルバム・セットでは初めて特殊奏法もお目見えしました。




ヴィルヘルム・キルマイアー (Wilhelm Killmayer, 1927- )
ドイツ人現代音楽家でミュンヘン音楽大学で長年教鞭をとっていましたが、楽風は前衛ではありませんね。
[pf] ジークフリート・マウザー(Siegfried Mauser)はドイツ人ピアニストで、コンタルスキー兄弟の弟アルフォンスにピアノを師事しています。

ピアノ小品第7番 "幻想パラフレーズ", Klavierstück Nr. 7 "Phantasie-Paraphrase" (1988年)
 美しいpfの響きを持つ調性楽曲です。時折強鍵の音色が挟まれ、筐体を叩く様な指音、楽しく弾む様な音になります。その中に古典やバロックの引用変奏が入っていますね。変化と遊び心がいっぱいの楽曲です。




エルネスト・ヘルムート・フランマー (Ernst Helmuth Flammer, 1949- )
数学者で物理学者のドイツ人音楽家ですね。調べても始めに出てくるのは音楽家ではないという特殊さです。クラウス・フーバーやファーニホウに習っています。
[pf] オルトヴィン・シュテュルマー(Ortwin Stürmer)はドイツ人ピアニストでフライブルクで学んだ後、L.A.にも渡っています。

ピアノ小品第3番 "パッサカリア・ブレヴィス", Klavierstück 3. Passacaglia brevis (1988年)
 高音キーの執拗な反復から入り、その後も表情を変えながら高速反復主体です。途中でクラスターの炸裂やポリフォニー展開も現れますね。新しい時代を感じるピアノ曲です。




CD 4 [1980年代の作品]

セリエル終焉の後、雁字搦めの閉塞束縛から解放された時期でしょう。自由を手にして、画一的な世界から特殊奏法等あらゆる技法の燦爛です。なんでもありの多様性の時代の入り口に立った時代ですね。




CD 5:1990s 】


ダニエル・ロスマン (Daniel Rothman, 1958- )
ニューヨーク生まれで西海岸で活躍する米現代音楽家で、インスタレーションの方向性を持っています。
[pf] ベルンハルト・ヴァムバッハ【既出】

指が少し出血し始めるまで打楽器のように酔っ払いのようなピアノを演奏せよ
Play the Piano Drunk Like a Percussion Instrument until the Fingers Begin to Bleed a Bit (1991年)
 刺激的なタイトルの曲で、細かな反復・変奏が連なるテンポの速い流れを作ります。全休符を挟んで前後半になりますが抑揚もなくフラットで、どこで切って聴いても同じです。金太郎飴見たい?! それが新しいのでしょう。全然面白くないという面白さですw




エンノ・ポッペ (Enno Poppe, 1969- )
このブログではお馴染みの指揮者でも知られるドイツ人現代音楽家ですね。電子音楽から微分音、特殊奏法のノイズまで多様性の展開になりますね。
[pf] アンナ・デリーコ(Anna D'Errico)はドイツで活躍するピアニストで、ポッペの他にシャリーノやラッヘンマン、アペルギスといったビッグネイムとコラボ経験がありますね。

主題と840の変奏, Thema mit 840 Variationen (1993/97年)
 提示される主題はネズミがチョロチョロ動く様な細切れポリフォニー。それがテンポやリズムを常に変化させて行く面白さがありますね。反復変奏の極端化でしょう。ラストの強烈さはポッペらしいかも。




マーク・アンドレ (Mark Andre, 1964- )
ドイツ在住のフランス人現代音楽家で、パリでグリゼーに、シュトゥットガルトでラッヘンマンに師事しています。強音から静音に、そして微分音へと作風変化は大きく、パラメーター表記の難解さはファーニホウの「新しい複雑性(New Complexity)」と興味深いです。
[pf] エルミス・テオドラキス(Ermis Theodorakis)はギリシャ人ピアニストで、ドイツも活動の拠点にしていますね。

アン・フィニIII, un-fini III (1995年)
 静の暗空間に現れる硬質なpfの音色で、パルスや残響音も使っていますね。情感を殺した無機質な旋律で宇宙空間の様な印象です。現在に通ずる空間音響系の前衛音楽ですね。好きな曲調です。




田中吉史 (Yoshifumi Tanaka, 1968- )
独学で作曲を始めてハヤ・チェルノヴィン(Chaya Czernowin)に師事しています。国内では秋吉台国際作曲賞を授賞、海外のフェスティバル等で活躍しています。
[pf] マッシミリアーノ・ダメリーニ(Massimiliano Damerini)は作曲活動もしていますが、何と言っても現代音楽超絶技巧ピアニストとしての知名度が勝つでしょうね。

エコ・ロンタニッシマII, eco Lontanissima II (1996年)
 パルス音を強調し、"間"と"響き"を生かした曲調ですね。音色はここでも硬質・無機質になり空間を感じますね。このCD5くらいになると今の時代と大きく変わらない事がわかります。ダメリーニのpfの歯切れの良さは素晴らしいですね。




クラウス・ラング (Klaus Lang, 1971- )
ヴァンデルヴァイザー(Wandelweiser)楽派に参加した事があるという時点で楽風がわかりますね。師事した音楽家をオープンにしないなど面白いですが、静音の世界を展開していますね。
[pf] ベルンハルト・ヴァムバッハ【既出】

眠っている農夫、人生の木、暗闇の鉢, Der schlafende Landmann, der Baum des Lebens und die Schalen der Finsternis (1998年)
 上記二曲も静の空間を意識しましたが、もっと極端に音数を減らして空間に"残響"と"間"を残します。ヴァンデルヴァイザー楽派から離脱はしていますが、方向性は同じでしょうね。静か〜空間ですw
技法的な特殊性はないので夏季講習会での人気が薄かったのも仕方ないかもしれません。




オリガ・ライェワ (Olga Rayeve, 1971- )
残念ですが、作曲家もピアニストも知見がありません。
[pf] Pi-Hsien Chen

天使がいる素描, Drawing with an Angel (1999年)
 K.ラングに近い、ヴァンデルヴァイザー系の音です。一番の違いは特殊奏法の多用と、時折現れる強音ですね。そこを変化点として並べて来たのでしょう。




CD 5 [1990年代の作品]

ここでは 反復・変奏 → 空間音響 → 静音空間 といった流れを並べて、調性も否定していません。この時代は多様性が開花して、百花繚乱あらゆる技法が謳歌されたのですから時代の寵児 特殊奏法も盛込まれています。

楽曲的には既に今の時代と隔たりを感じませんね。




CD 6:2000s/2010s・Speaking Pianists・Player Pianos 】


ディーター・マック (Dieter Mack, 1954- )
ガムランを得意とするドイツ人現代音楽家ですね。元はフライブルク派でフーバーやファーニホウに習っていて、後に日本やインドネシアで民族音楽を学んでいます。ポップやロックにも明るく、今の時代の多様性現代音楽家の一人ですね。
[pf] Kaya Han:知見がありません

ピアノ曲第5番 "チェディ", Chedi. Klavierstück Nr. 5 (2000年)
 セリエルを彷彿させる平板なピアノ曲ですが独特の響きが民族音楽和声、モード?!、を感じさせますね。でも、スコアに何らかの新しさがないと聴いただけでは古臭さが強く面白みはありません。




サルヴァトーレ・シャリーノ (Salvatore Sciarrino, 1947- )
CD3に続いての登場で、静と烈のコントラスト楽風が確立されて来ていますね。
[pf] ニコラス・ホッジス(Nicolas Hodges)はフィスニーとシャリーノ、二人の現代音楽家との繋がりが強いですね。数々の初演をこなし、ダメリーニと並ぶ現代音楽超絶技巧ピアニストですね。

2つの残酷な夜, Due notturni crudeli (2001年)
 等拍リズムのパルス、その執拗な反復、高音キーにこだわる音。それが途中で崩れを見せますが、再び反復音界に戻ります。ラストは強打鍵混沌です。等拍パルスは一つの技法として存在感がありますね。あまりシャリーノっぽくない気はしますが。




ジェームズ・サンダース (James Saunders, 1972- )
イギリスの前衛の現代音楽家でパフォーマーです。特殊奏法と静的な流れが特徴です。
[pf] ニコラス・ホッジス【既出】

# 070702 (2002年)
 再度ヴァンデルヴァイザー系ですね。殆ど音のない空間にポツポツと高音キーの短音色、そして記載はありませんがハムノイズ。とにかく静かですw
ちなみにタイトルの"#070702"は、カラーコードならほぼ黒ですw




望月京 (Misato Mochizuki, 1969- )
はIRCAMの研究員を経て、ファーニホウやミュライユに師事していますね。現在は明治学院大学の教授職を務めているそうです。村上春樹原作をもじった「パン屋大襲撃」が面白そうですね。
[pf] ニコラス・ホッジス【既出】

メビウスの輪, Moebius-Ring (2003年)
 スローな等拍パルスがクレシェンドして短音階から旋律に分解されていきます。面白い展開ですね。その等拍から様々な音色が繰り出されます。等拍は崩れつつ変化して消滅、速いテンポのトレモロの流れに。そしてそれがまたクレシェンドしながら変化。流れにストーリー性があって楽しませてくれます。




マーク・バーデン (Mark Barden, 1980 - )
米現代音楽家でパフォーマンスを含めたインスタレーション系になりますね。年齢からいっても多様性の先の世界を見ているでしょう。20代の時の作品です。(現在38歳です)
[pf] 中村麗(Rei Nakamura)はブラジル育ちでドイツで活躍する日本人ピアニスト。若い時からプリペアードやエレクトロニクスでの演奏に注目され、インスタレーションでのプレイも得意の様ですね。

他人の肌, die Haut Anderer (2008年)
 2008年作品で通常演奏のピアノ曲はこれが最後、要はそう言う事なんですよね
またもやヴァンデルヴァイザー風の小音・静音・少ない音数… かと思いきや、強く取られた"間"の中に緩急・強弱コントラストの色合いを見せ始めます。音は単音・和音共に弾みが強く、"間"は次第に消滅していきますね。終盤に長〜高音の単音連打が登場して終息します。





ここから語りや自動ピアノ・プリペアードピアノといった変則曲になりますね。



ジョルジュ・アペルギス (Georges Aperghis, 1945- )
このブログではお馴染みのギリシャ人ベテラン現代音楽家ですね。今回は前衛らしいプリペアード・ピアノと語りです。
[pf and speaker] レト・シュタウプ(Reto Staub)はスイス人ピアニストでドイツで学んでいます。活動上でアペルギスとの協調関係は続いている様です。

カンバセーションX (プリペアド・ピアノと語り)
Conversation X, for prepared piano and speaking (1993年)
 殆ど語りです、咳払いも入ります。歌詞も英訳もライナーノートにありませんw プリエアード・ピアノですが鍵盤を弾かないのでバシバシ言うだけです。これぞ前衛パフォーマンス!!




ヴィキンタス・バルタカス (Vykintas Baltakas, 1972- )
リトアニア出身でW.リームやP.エトヴェシュに師事してドイツで活躍中の現代音楽家です。指揮者としてもバイエルン放送響やアンサンブル・モデルンも指揮しています。
[pf and speaker] ベンジャミン・コブラー(Benjamin Kobler)はミュンヘン生まれのドイツ人ピアニストでP-L.エマールに師事しています。作曲も手がけてP.エトヴェシュに習っていますね。

パサカ / マーチェン (ピアノと語り)
Pasaka / ein Marchen, for speaking pianist (1997年)
 点描アルペジオ的なpfと合わせて語りですが、またもや歌詞・英訳ありません。ピアノは技巧的で後半は語りも狂ってきて面白いです。pfパフォーマンスとしては上記アペルギスの方が面白いですね。




クラレンス・バーロウ (Clarence Barlow, 1945- )
インド出身でオランダを活躍拠点とした現代音楽家で、現在はカリフォルニア在住です。電子音楽を得意としてピアノ曲では同音連打の特徴があります。
[pf] -

銀色の蘭、パンドラ (自動ピアノとコンピューター)
L'orchedee d'argent・Pandora, for player piano and computer (1989年)
 プレイヤーズピアノには引用が入っている様ですね。曲は中途半端であまり面白くありません。コンピューターがどこでどの様に入っているのか全くわかりませんでした。技巧技法的には何か目新しい試みがあるのかもしれませんが、今更人間が弾けないプレイを自動ピアノが弾いたところで… といった感じですね。
途中で終わったと思ったオーディエンスの拍手がパラパラでしたねw




ヴィト・ジュライ (Vito Žuraj, 1979- )
スロベニア人現代音楽家で、スロベニアとドイツで習っています。
[pf] -

マトリックス (自動ピアノとエレクトロニクス)
Matrix, for player piano and electronics (2013年)
 高速アルペジオ、それに呼応する様な電子音ですね。ライヴエレクトロニクスで処理されているのでしょうか。ピアノ曲なのですが、不思議な音色と色合いで面白いですね。聴いた事もない強烈な高速アルペジオと電子音は雲海ノイズみたいです。




シュテッフェン・クレッバー (Steffen Krebber, 1976- )
シュツットガルト生まれのドイツ人現代音楽家でマルコ・ストロッパやレベッカ・サンダースに師事していますね。電子音楽を得意としている様です。
[pf] -

サインせよ (自動ピアノとラウドスピーカー)
faire signe, for automatic piano and loudspeaker (2014年)
 スピーカーからのドイツ語の語りが入り、細かなアルペジオのピアノ、ノイズ、引用を含むテープ(録音)、等々でコラージュされた楽曲です。既にピアノ曲の範疇を超えているでしょう。

ズバリ、B.A.ツィンマーマンの「ある若き詩人のレクイエム」のコピーですね。と言うかオマージュですか?!
再びの話になりますが、B.A.ツィンマーマンは生まれるのが早すぎましたね。




CD 6 [2000~2010年代 / 話すピアニスト、プレイヤー・ピアノの作品]

二つの顔ですね。本来のピアノ曲は2000~2010年代と括っても、大きな変化は既に感じられませんね。一方でパフォーマンスを増やした新しいピアノ曲?の方は世界が広がっているのが明白です。そして続くCD 7ではもはや通常ピアノ演奏はありません。

それにしても最後の曲は明確にB.A.ツィンマーマンの内容トレース・コピーな訳ですが、当時ダルムシュタットの旗頭シュトックハウゼンと大衝突した事に対する思い入れが編集者にあるのでしょうか。




CD 7:Piano Exetnded 】


ローランド・カイン (Roland Kayn, 1932-2011)
ドイツ出身でオランダ在住の現代音楽家。電子音楽を得意として、フェルト状音響の長時間の廻し、と言う一つの音響を引き延ばす技巧にこだわり続けましたね。コンタルスキーとはダルムシュタット以降も付き合いが続きました。
[pf] アロイス・コンタルスキー【既出】

量子, Quanten (1958年)
 チューニングを狂わせた(微分音?)ピアノですね。その狂った和音の響きを残響させます。パターンに変化はなく奇妙な音ですが、めちゃくちゃに調律が狂った感じでもありません。
1958年ですからポスト・セリエルが叫び始められた頃の作品で、点描的でもなく先を見ていた趣が伝わります。




ジャン=エティエンヌ・マリー (Jean-Etienne Marie, 1917-1989)
メシアンとミヨーに師事したフランス人現代音楽家で、微分音とエレクトロアコースティックで知られています。
[pf] マルティーヌ・ジョスト(Martine Joste)はフランス人ピアノストですが、知見がありません。

3つの小品, Trois Pièces brèves, for piano à tiers de ton (1958年)
 上記曲と同様、微分音チューンピアノでしょう。大きく違うのはこちらはアルペジオによる旋律がメインである事ですね。残響音を残すのは同じ微分音系の志向性があると思います。これも同じ1958年作品で、点描音列配置の気配はありませんね。まぁセリエルから抜け出そうとしている訳ですから当然なのかもしれません。




ハンス・ウルリヒ・エンゲルマン (Hans Ulrich Engelmann, 1921-2011)
ドイツ人現代音楽家で、十二音技法を習いダルムシュタットを活躍の場としていましたが、後年は電子音楽にも興味を示していました。
[pf] エルス・ストック=ハグ【既出】

カデンツァ, Cadenza Op. 23 (1961年)
 点描音列配置な曲風、Piano Exetndedの様相も見当たりません。極僅かにチューンを調整している? わかりませんねぇ。何かピアノに手を入れているはずなのですが、ライナーノートにもありませんし。
本CDのライナーノートは不親切で、楽曲解説は十把一絡げ。この曲には(with tape)などと記載されています。




クラレンス・バーロウ (Clarence Barlow, 1945- )
CD 6に続き再登場ですが、さらに古い1972年の作品ですね。
[pf] クリスティ・ベッカー(Kristi Becker):知見がありません

…まで…, ...until... (ver.5 1972年)
 ライナーノートには"with an electronic bow to produce sustained on the prepared piano"とありますね。連続した上昇音階が徹底的に反復している曲で、微妙な響きはプリペアード・ピアノとその電子処理音という事ですね。不思議な音色の陶酔感といった感じです。(CD 6より面白いですね)




クリスティーナ・クビッシュ (Christina Kubisch, 1948- )
ドイツ人現代音楽家でマルチアーティストです。1980年代からインスタレーション志向であり、今の時代の現代音楽を見据えていた一人でしょう。この曲もまさにパフォーマンス&インスタレーションですね。
[pf] 省略

ディヴェルティメント (1台のピアノに5人のピアニストとテープ), Identikit [Divertimento], for 5 pianist at 1 piano and tapes (1974年)
 単音打鍵の音が異なるリズムを重ねるとても奇妙なポリリズムの楽曲で、最後は混沌としてきます。
曲は興味深いのですが、技巧は不明です。テープを使っているのとそれぞれのリズムはヘッドフォンを使って送られているとありますね。よくわかりませんw




フォルカー・ハイン (Volker Heyn, 1938- )
ドイツの現代音楽家でダルムシュタットの他にもオーストラリアや日本(京都)でもレクチャー経験がありますね。
[pf] オスカー・ピッツォ(Oscar Pizzo):知見がありません

タップ (プリペアド・ピアノとライヴ・エレクトロニクス), Tap, for prepared piano and live electronics (1987年)
 凶暴なピアノタッチが空の中に出現し、繊細なタッチと対比されていますね。途中からピアノ連打音が続くのはライヴエレクトロニクス処理と思われ、そこに絡むように新たな連打音がかぶります。後半プリペアードpfらしい音色のパートとなり、混沌即興的です。全体の流れに構成感を感じますね。




パスカル・クリトン (Pascale Criton, 1954- )
フランス人現代音楽家でグリゼーやIRCAMとの協調関係もあり、特殊技法の微分音音楽を得意としていますね。
[pf] マルティーヌ・ジョスト【既出】

タイムス (四分音ピアノとテープ), Thymes, for quarter-tone piano and tape (1989年)
 美しさを感じる四分音ピアノの微妙な音のズレにテープの透明な金属音が重なり、不思議な浮遊感です。調性を感じる旋律は四分音での揺らぎを生んでいますね。典型的な微分音のピアノ曲に感じますね。




シモン・ステーン=アナセン (Simon Steen-Andersen, 1976- )
最後に大好きな現代音楽家の一人、S.ステーン=アナセンが入っていましたね。
紹介は➡️ こちら 同曲もYouTubeでもみられます。
[pf] エレン・ウゲルヴィク(Ellen Ugelvik)はノルウェーのピアニストで、現代音楽アンサンブル(Oslo Sinfonietta 及び Bodø Sinfonietta)のメンバーとしても活躍しています。

再レンダリング (ピアノと2人のアシスタント), Rerendered, for piano and 2 assistants (2004年)
 アシスタント二人がpf両サイドで特殊奏法を奏で、ピアニストを支援する演奏ですね。強音炸裂はありません。一台のpfですが、新しい楽器を使っているような面白さがありますね。ノイズ系であり混沌即興的であり、今の時代のピアノ曲といった感じです。




CD7 [拡張されたピアノ]

1950年代から始まった微分音ピアノ、プリペアード・ピアノそしてテープやライヴエレクトロニクスを使った拡張性へと並びますね。
何れにしてもピアノを従来概念の楽器から解き放った いかにも現代音楽という位置付けですね。当面はこの流れが主流になるのは間違いないというところなのでしょう。

最後のS.ステーン=アナセンが以前ドナウエッシンゲン音楽祭で披露した、ピアノを落下破壊させて その映像をバックに破壊されたピアノを弾くピアノ協奏曲などは、新しいインスタレーションを感じましたね。










【CD1-7 全体の流れ】
特に印象が深かったのは、❶ CD1-2の無調・十二音技法・セリエルの時代ですね。雁字搦めの制約で堅苦しい画一性に落ちいっていったのが今更ながら明確です。特にCD2のシュトックハウゼンとブーレーズのポスト・セリエルが並ぶのは象徴的ですね。
ダルムシュタット前衛三羽ガラス、停滞を招いた首謀者三人組?!w、最後の一人ブーレーズの逝去でこの時代が過去になったのでしょう。(そしてIRCAM等、その遺産が現在の前衛現代音楽の基盤という事実ですね)

❷ それ以降はポスト・セリエルから多様性になって行くのがわかりますが、広がりが大きいのでうまく納り切らなかった感もあります。それこそが多様性なのでしょうね。
❸ 最後のCD7では従来のピアノの概念から脱却を目指すのが主流とわかりますね。その先に見える一つの方向はインスレーションに思えますが、どうでしょうか?




CD枚数の割に説明が薄いライナーノートは少し残念ですが、前衛時代の変化の過程と流れを一望出来る嬉しいセットです。

シェーンベルクの無調からまだ100年、再び新しい概念のセリエルが復活するやもしれませんね。


■ 番外ですが、このセットに見え隠れ登場するB.A.ツィンマーマン*。本CD編集者もその特異な立ち位置を配慮したのだと感じます、勝手ながら。再発見がもっと進んで良いと実感できましたね。
* "セリエル"のCD2に異質に存在する"多様性"曲。そして傑作『ある若き詩人へのレクイエム』のコピー曲がCD6ラストに登場しています。


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・2017年12月9日
音楽ブログに特化するためにタイトルを「現代音楽と酒の日々」から変更しました。




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